第1帖「桐壺」(8)月は入り方に

国貞『源氏香の図』
典:国会図書館「NDLイメージバンク」

原文・語釈

月は入り方に、空きよう澄みわたる

 月はがたに、空きようみわたれるに、風いとすずしくなりて、草むらの虫の声々こゑごゑもよほしがほなるも、いとち離れにくき草のもとなり。

  鈴虫のこゑかぎりを尽くしても長き夜あかずふる涙かな

 えも乗りやらず。

  いとどしく虫のしげきあさ茅生ぢふに露おきふる雲の上人うへびと

「かごともこえつべくなむ」

 と、はせたまふ。

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  • もよほしがほ【催し顔】:うながすようなさま。誘う気配。
  • いとどし:ますます激しい。いよいよはなはだしい。ただでさえ⋯なのに、いっそう⋯だ。
  • あさぢ【浅茅】:丈の低い千萱。
  • あさぢふ【浅茅生】:浅茅が生えているところ。
  • かごと【託】:恨みごと。ぐち。
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をかしき御贈りものなどあるべきにも

 をかしき御贈りものなどあるべきをりにもあらねば、ただかの御かたにとて、かかるようもやと残したまへりける御装束さうぞくひとくだり、ぐしげの調ととのてうめくものへたまふ。

 若き人々、悲しきことはさらにもはず、うちわたりを朝夕あさゆふにならひて、いとさうざうしく、うへの御ありさまなどおもできこゆれば、とくまゐりたまはんことをそそのかしきこゆれど、かくいまいましき身のひたてまつらんも、いとひとかるべし、またたてまつらでしばしもあらむはいとうしろめたうおもひきこえたまひて、すがすがともえまゐらせたてまつりたまはぬなりけり。

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  • みぐしあげ【ぐしみぐし上げ】:貴人の髪を結うこと。
  • てうど【調ととの度】:日常使う手道具。
  • さらにもいはず【更にもはず】:改めてうまでもない。
  • さうざうし:もの足りない。つまらない。
  • おもひいづ【思いづ】:思いす。
  • ひとぎき【人き】:世間のこえ。評判。
  • うしろめたし【後ろめたし】:心配だ。気がかりだ。
  • すがすが【清清】:とどこおりのないさま。すらすら。思い切りのよいさま。あっさり。
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命婦みやうぶは、まだおほ殿らせたまはざりけると

 命婦みやうぶは、まだ大殿籠おほとのごもらせたまはざりけると、あはれにたてまつる。まへ壺前栽つぼせんざいのいとおもしろきさかりなるを御覧ずるやうにて、しのびやかに心にくきかぎりの女房四五人さぶらはせたまひて、御もの語りせさせたまふなりけり。

 このごろ、明け暮れ御覧ずる長恨歌ちやうごんかの御亭子院ていじのゐんのかかせたまひて、伊勢いせ貫之つらゆきに詠ませたまへる、大和やまとことをも、唐土もろこしの歌をも、ただそのすぢをぞ、枕言まくらごとにせさせたまふ。

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  • おほとのごもる【おほ殿こもる】:おやすみになる。
  • つぼせんざい【壺前栽せむざい】:中庭に植えた草木。中庭の植え込み。
  • しのびやか【しのびやか】:人目につかないようにするさま。ひそやか。こっそり。
  • こころにくし【心憎し】:心ひかれる。奥ゆかしい。
  • ちゃうごんか【長恨歌】:白居易の漢詩。玄宗皇帝と楊貴妃との愛の悲劇をうたう。
  • ていじのゐん【亭子院】:宇おほ天皇の譲位後の後院。
  • いせ【伊勢】:『古今集』の歌人。女性。
  • つらゆき【貫之】:紀貫之。『古今集』の撰者・歌人。おほくの屏風歌を作製した。
  • やまとことのは【おほの葉】:和歌。
  • まくらごと【枕】:いつも口にする話題。口癖のことば。
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現代語訳

桐の花

 月の沈むころ、空は清らかに澄みわたり、風はすっかり涼しくなって、草むらの虫の声々が涙を誘うようであるのも、とてもち離れがたい草のもとです。

  鈴虫のこゑかぎりを尽くしても長き夜あかずふる涙かな

  鈴虫が声のかぎりを尽くして鳴いても、長い夜は明けることなく、飽きもせず降る涙よ

命婦みやうぶは歌を詠み、どうにも車に乗れずにいます。

  いとどしく虫のしげきあさ茅生ぢふに露おきふる雲の上人うへびと

  いっそう虫の音が密に重なり、浅茅が生い茂る庭に、涙をおきえる雲の上人よ

「うわの一つも申してしまいそうで⋯⋯」

 と、母君は女房から伝えさせました。

 風情のある贈りものなどあるような状況でもないので、わずかに亡き更の御形として、このような用もあるやもしれないと残しておいた御装の一式、ぐしみぐし上げの日用品らしいものをえられました。

 更つかえていた若い女房たちは、更の死が悲しいことは改めてうまでもなく、宮中への朝夕の入りがなら慣になっておりましたので、まことに心寂しい気持ちです。帝の御姿などを思いして申し上げると、宮中へ早くまゐ内なさってはとそそのかしているようにこえますが、

「このような忌々しい身で若宮にお付きいいたそうにも、さぞかし世間体が悪くつらいでしょう。また、若宮のお顔を拝めない日が少しでもあろうことが心から不安なのです」

 と思いなさるので、きっぱりと若宮を連れてまゐることもできないのでした。

 宮中に戻った命婦みやうぶは、帝がまだ御寝所に入っておられないのを気の毒に思います。帝はおほ変美しい盛りを迎えている中庭の草木の秋花を御覧になるふりをして、奥ゆかしい女房4~5人をつかえさせて、ひそやかにお話をしておられました。

 ここ数日の間、明けても暮れても御覧になっているのは、長恨歌の屏風絵。宇おほ天皇が絵師に描かせて、伊勢や貫之に歌をえさせた絵です。その和歌にしても漢詩にしても、ただもう人との死別を悲しむ歌ばかりを、口ぐせのように話題にしていらっしゃいます。