第1帖「桐壺」現代語訳と原文(7)くれまどふ心の闇も、耐へがたき片端を

第1帖「桐壺」現代語訳(7)
「まっ暗に暮れ惑う心の闇も、耐えがたい思いの片端だけでも晴れるまでお話したいと存じますので、勅使としてではなく、私的にごゆっくりとお越しくださいませ。ここ数年は喜ばしく晴れやかな折にお立ち寄りくださいましたものを、このような悲しいお便りの御使いとしてお目にかかろうとは、まったくもってつれない命でありますね。
生まれた時より志のある娘でしたので、亡き夫大納言は臨終の間際まで、
『ただ、この子の宮仕えの志だけは、必ず果たしてあげてください。わたしが死んだからといって悔しく思い、気落ちさせないように』
と、くり返しご忠告を残されました。しっかりとした後見を考える人もいない中での宮仕えは、むしろ厳しいことであろうと思いながらも、ただ夫の遺言に背いてはいけないとばかりに宮仕えへ出させました。すると身に余るまでの御厚意をいただき、すべてにおいてありがたいことで、周囲から人並みに扱われない恥を隠しながら宮仕えをしていたようです。
でもそのうち他の人々の嫉妬が深く積み重なり、穏やかでないことが多くつきまとっていたことにより、呪われたかのような様子でとうとう亡くなってしまいました。かえってつらかったであろうと、もったいない御厚意をそのように思ってしまうのでございます。これも分別を失った心の闇ゆえでしょうか⋯⋯」
と、言いも終わらず涙でむせ返られているうちに、夜もふけてしまいました。
「帝もそのようにおっしゃっております。
『わたしの真心であったとはいえ、あれほど一途に人目を驚かせるほど愛したのも、きっと長くない運命であったのだろう。今思い起こすと、つらかった前世からの宿縁であろう今世で、更衣はいささかも人の心をねじ曲げたことはないはずだと思うのに、ただこの人の身分のために、数多くのすじ違いな人の恨みを背負って果ててしまった。果てはこうもうち捨てられて、心を鎮めようにもすべがなく、いよいよ人聞きが悪くかたくなになってしまったのも、先の世を見てみたいものだ』
と、くり返されながら、涙で御袖を濡らすことが多くなるばかりでございます」
と、命婦も語り尽くせません。泣く泣く、
「夜もすっかりふけてしまいましたので、今宵は過ごさず、御返事を帝にお伝えいたしましょう」
と言って急ぎなさいます。
第1帖「桐壺」原文(7)
くれまどふ心の闇も、耐へがたき片端を
「くれまどふ心の闇も、耐へがたき片端をだに晴るくばかりに聞こえまほしうはべるを、私にも心のどかにまかでたまへ。年ごろ、うれしく面立たしきついでにて立ち寄りたまひしものを、かかる御消息にて見たてまつる、かへすがへすつれなき命にもはべるかな。
生まれし時より思ふ心ありし人にて
生まれし時より思ふ心ありし人にて、故大納言いまはとなるまで、
『ただ、この人の宮仕への本意、かならず遂げさせたてまつれ。われ亡くなりぬとて口惜しう、思ひくづほるな』
と、かへすがへす諌めおかれはべりしかば、はかばかしう後見思ふ人もなき交じらひは、なかなかなるべきことと思ひたまへながら、ただかの遺言を違へじとばかりに、出だし立てはべりしを、
身にあまるまでの御心ざしの
身にあまるまでの御心ざしの、よろづにかたじけなきに、人気なき恥を隠しつつ交じらひたまふめりつるを、人のそねみ深く積り、安からぬこと多くなり添ひはべりつるに、横様なるやうにてつひにかくなりはべりぬれば、かへりてはつらくなむ、かしこき御心ざしを思ひたまへられはべる。これもわりなき心の闇になん」
と、言ひもやらずむせ返りたまふほどに夜もふけぬ。
上もしかなん
「上もしかなん。
『わが御心ながら、あながちに人目おどろくばかり思されしも、長かるまじきなりけりと、今はつらかりける人の契りになむ世に、いささかも人の心をまげたることはあらじと思ふを、
ただこの人のゆゑにて、あまたさるまじき
ただこの人のゆゑにて、あまたさるまじき人のうらみを負ひしはて、はてはかううち捨てられて、心をさめむ方なきに、いとど人わろうかたくなになりはべるも、先の世ゆかしうなむ』
とうち返しつつ、御しほたれがちにのみおはします」
と、語りて尽きせず。泣く泣く、
「夜いたうふけぬれば、今宵過ぐさず、御返り奏せむ」
と、急ぎまゐる。