第1帖「桐壺」現代語訳と原文(4)御胸つとふたがりて、露まどろまれず

第1帖「桐壺」現代語訳(4)
帝は心をすっかり閉じられて、少しの間も眠ることができず、夜を明かせずにいます。お見舞いに送った使いの者が、里を往復するだけの時間も経っていないのに、心がそわそわして仕方がないと、ずっと話しておられました。
「夜中を過ぎた頃に、とうとう息を引き取っておしまいになりました」
更衣の里では、人々が声を荒げて泣いています。使いの者もすっかり気落ちしてしまい、帰るしかありませんでした。話を聞いた帝は気が動転してしまい、何ごとも正常な判断ができなくなり、お部屋に引きこもってしまいました。
帝はこのような時でも、御子を側に置いて御覧になっていたいのですが、母の喪中に御子が宮中にいるというのは先例のないことですので、御子を更衣の里へと退出させました。
御子は何が起きたのかおわかりにならず、お仕えする女房たちが泣いて取り乱し、帝まで涙を絶え間なく流しているのを、不思議そうに見ておられます。親子の別れというのはいつも悲しくて仕方がないのに、母の死を理解できない御子の様子は、哀れというほかありません。
更衣との最後のお別れを惜しむにも限りがありますので、しきたりに従って火葬で送ることになりました。通例では親が子の火葬に参列することはないのですが、母君の北の方は、
「娘と同じに煙になって立ち昇りたい」
と泣き焦がれ、御葬送の女房の車のあとを追って乗り込んでしまいます。愛宕という葬送の地で、大変おごそかに執り行われている葬儀の最中に到着された時のお気持ちは、どれほどであったでしょうか。
「魂の抜けた亡骸をよくよく見ては、なおも生きていらっしゃるものと思う自分が、どうにもやるせないのです。いっそ灰になってしまわれるのを見とどけて、今は亡き人と、ひたすらに思い切りましょう」
と気丈におっしゃいましたが、車から落ちようかというほどよろめいておられます。
「そうなるだろうと、思っていた通りです」
と、女房たちも扱いに困っていました。
宮中から勅使がお見えになりました。亡き更衣に三位の位を贈るため、勅使が宣命を読みあげるのが何とも悲しく感じられます。帝は女御とさえ言わせずじまいだったことが心残りで口惜しくお思いになり、せめてもう一段上の位をと贈られたのです。このことでも更衣を憎む人々が多くいました。
そんな中でも良心がある人は、更衣の品格や容姿が立派で美しかったことや、内面も穏やかで人当たりが良く、とても憎まれるような人ではなかったことなどを、今更のように思い出しています。あまりに見苦しい帝の御寵愛があったからこそ冷淡に嫉んでいましたが、人柄がやさしくて思いやりのある心持ちを、帝のそばに仕える女房たちも懐かし思い合っておられました。
「亡くてぞ人は恋しかりける」
と古い歌にあるのは、このような折の心であろうよと思われます。

第1帖「桐壺」原文(4)
御胸つとふたがりて
御胸つとふたがりて、露まどろまれず、明かしかねさせたまふ。御使の行き交ふほどもなきに、なほいぶせさを限りなくのたまはせつるを、
「夜中うち過ぐるほどになん絶え果てたまひぬる」
とて泣きさわげば、御使もいとあへなくて帰り参りぬ。聞こしめす御心まどひ、何ごとも思しめし分かれず、籠りおはします。
御子はかくてもいと御覧ぜまほしけれど
御子はかくてもいと御覧ぜまほしけれど、かかるほどにさぶらひたまふ例なきことなれば、まかでたまひなんとす。
何ごとかあらむとも思したらず、さぶらふ人々の泣きまどひ、上も御涙のひまなく流れおはしますを、あやしと見たてまつりたまへるを、よろしきことにだにかかる別れの悲しからぬはなきわざなるを、ましてあはれに言ふかひなし。
限りあれば、例の作法にをさめたてまつるを
限りあれば、例の作法にをさめたてまつるを、母北の方、
「同じ煙にのぼりなん」
と泣きこがれたまひて、御送りの女房の車に慕ひ乗りたまひて、愛宕といふ所にいといかめしうその作法したるにおはし着きたる心地、いかばかりかはありけむ。
むなしき御骸を見る見る
「むなしき御骸を見る見る、なほおはするものと思ふがいとかひなければ、灰になりたまはんを見たてまつりて、今は亡き人とひたぶるに思ひなりなむ」
とさかしうのたまへれど、車よりも落ちぬべうまろびたまへば、
「さは思ひつかし」
と、人々もてわづらひきこゆ。
内裏より御使あり
内裏より御使あり。三位の位贈りたまふよし、勅使来てその宣命読むなん悲しきことなりける。女御とだに言はせずなりぬる、飽かず口惜しう思さるれば、いまひときざみの位をだにと贈らせたまふなりけり。これにつけても憎みたまふ人々多かり。
もの思ひ知りたまふは、様、容貌などのめでたかりしこと、心ばせのなだらかにめやすく憎みがたかりしことなど、いまぞ思し出づる。さまあしき御もてなしゆゑこそ、すげなう嫉みたまひしか、人柄のあはれに情ありし御心を、上の女房なども恋ひしのびあへり。
「なくてぞ」
とはかかる折にやと見えたり。
