第1帖「桐壺」(16)御前より、内侍、宣旨うけたまはり

出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」

原文・語釈
御前より、内侍、宣旨うけたまはり伝えて
御前より、内侍、宣旨うけたまはり伝へて、大臣参りたまふべき召しあれば、参りたまふ。御禄の物、上の命婦取りてたまふ。白き大袿に御衣一領、例のことなり。
御盃のついでに
御盃のついでに、
いときなき初元結ひに長き世を契る心は結びこめつや
御心ばへありて、おどろかさせたまふ。
結びつる心も深き元結ひに濃き紫の色しあせずは
と奏して、長橋よりおりて舞踏したまふ。
左馬寮の御馬、蔵人所の鷹すゑて
左馬寮の御馬、蔵人所の鷹すゑて賜はりたまふ。御階のもとに親王たち上達部つらねて、禄ども品々に賜はりたまふ。その日の御前の折櫃物、籠物など、右大弁なんうけたまはりて仕うまつらせける。
屯食、禄の唐櫃どもなど
屯食、禄の唐櫃どもなど、ところせきまで、春宮の御元服の折にも数まされり。なかなか限りもなくいかめしうなむ。
その夜、大臣の御里に源氏の君まかで
その夜、大臣の御里に源氏の君まかでさせたまふ。作法世にめづらしきまで、もてかしづききこえたまへり。いときびはにておはしたるを、ゆゆしううつくしと思ひきこえたまへり。女君はすこし過ぐしたまへるほどに、いと若うおはすれば似げなう恥づかしと思いたり。
この大臣の御おぼえいとやむごとなきに
この大臣の御おぼえいとやむごとなきに、母宮、内裏のひとつ后腹になんおはしければ、いづ方につけてもいとはなやかなるに、この君さへかくおはし添ひぬれば、春宮の御祖父にて、つひに世中を知りたまふべき右大臣の御いきほひは、ものにもあらず圧されたまへり。
御子どもあまた腹々にものしたまふ
御子どもあまた腹々にものしたまふ。宮の御腹は蔵人少将にていと若うをかしきを、右大臣の、御仲はいとよからねど、え見過ぐしたまはで、かしづきたまふ四君にあはせたまへり。劣らずもてかしづきたるは、あらまほしき御間どもになむ。

現代語訳

帝の御前より、内侍が大臣の席へ来て、帝の御言葉を承り伝えました。大臣に参られるようにとのお召しでありますので、大臣は帝の御前へとお進みになります。加冠役を務めたことへの御禄の品物を、帝付きの命婦が取り次いで賜ります。白い大袿に御衣装一式、慣例のとおりでございました。帝は御盃を賜るついでに、
いときなき初元結ひに長き世を契る心は結びこめつや
と、御心をこめて念をおされます。
結びつる心も深き元結ひに濃き紫の色しあせずは
と、大臣は奏上し、長橋よりおりて返礼の舞踏を拝されます。左馬寮の御馬、蔵人所の鷹を据えて賜りました。御階の下に親王たちや上達部が連なり、御祝の禄の品々をそれぞれに賜ります。
その日の帝の御前に供された折櫃物や籠物などは、あの右大弁が承って調進されたのでした。屯食、禄を入れた唐櫃など、所狭しといっぱいに並び、春宮の御元服の折にも数が勝っていました。むしろ規定もないことが、これまでにないほど盛大になったのでしょう。
その夜、大臣の御邸宅へ源氏の君はお越しになりました。婚礼の作法は世に珍しいほど立派にして、大切におもてなしなさいました。いかにもあどけない美少年という様子でおいでになるのを、大臣は不吉なほど美しいと思われました。姫君はすこし年上でいらっしゃるので、源氏の君があまりに若くお見えになるのが不釣り合いで恥ずかしいと思われるのでした。
この大臣は帝の御信任が大変厚い上に、姫君の母宮は、帝と同じ后の腹にお生まれになった兄妹でいらっしゃるのです。大臣と母宮のどちらにつけても、極めて華やかな御血統であるところに、この源氏の君までこのように婿として迎えられました。春宮の御祖父であり、とうとう世の中を治められるはずであった右大臣の御権勢は、問題にもならないほど圧倒されてしまいました。
左大臣は子どもたちを大勢の腹々にものしていらっしゃいます。姫君と同じ母宮がお生みになった男子は、蔵人少将というこれまた若く美しい男子です。
右大臣は、左大臣との御仲はあまりよろしくありませんでしたが、この少将を見過ごそうにも見過ごすことができず、大切に育てられている四の君に婿として迎えられました。左大臣に劣らず、少将を大切にもてなされているのは、両家ともまことに理想的な婿と舅の御間柄でございます。
