第1帖「桐壺」(16)御前より、内侍、宣旨うけたまはり
第1帖「桐壺」
原文・語釈
御前より、内侍、宣旨うけたまはり伝えて
御前より、内侍、宣旨うけたまはり伝へて、大臣参りたまふべき召しあれば、参りたまふ。御禄の物、上の命婦取りてたまふ。白き大袿に御衣一領、例のことなり。
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- ないし【内侍】:内侍司(天皇の伝宣や後宮の礼式をつかさどる役所)の女官。
- せんじ【宣旨】:帝の言葉。
- ろく【禄】:加冠役を務めたことによる大臣への褒美。
- おほうちき【大袿】:禄として賜った、大きめの寸法の袿。着用する際に仕立て直す。
- うちき【袿】:男子が直衣・狩衣の下に着た衣服。平安時代の貴婦人の服。裳・唐衣の下に着たもの。
- れい【例】:慣例。
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御盃のついでに
御盃のついでに、
いときなき初元結ひに長き世を契る心は結びこめつや
御心ばへありて、おどろかさせたまふ。
結びつる心も深き元結ひに濃き紫の色しあせずは
と奏して、長橋よりおりて舞踏したまふ。
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- いときなし【幼きなし・稚きなし】:幼い。あどけない。
- もとゆひ【元結ひ】:髪の髻を結ぶもの。
- はつもとゆひ【初元結ひ】:元服の時に髪を結んだ紫色の組ひも。
- ちぎる【契る】:夫婦の縁を結ぶ。
- こころばへ【心映へ】:思いやり。心づかい。
- おどろかす【驚かす】:注意をうながす。気をひく。
- そうす【奏す】:天皇または院に申し上げる。奏上する。
- ながはし【長橋】:清涼殿から紫宸殿へ通じている廊下。
- ぶたふ【舞踏】:拝礼の作法の一つ。
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左馬寮の御馬、蔵人所の鷹すゑて
左馬寮の御馬、蔵人所の鷹すゑて賜はりたまふ。御階のもとに親王たち上達部つらねて、禄ども品々に賜はりたまふ。その日の御前の折櫃物、籠物など、右大弁なんうけたまはりて仕うまつらせける。
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- ひだりのつかさ【左馬寮】:宮中の馬、馬具などをつかさどる役所。
- くらうどどころ【蔵人所】:令外の官(律令に規定のない官職)の詰める役所。さまざまな雑務を担っていた。
- みはし【御階】:清涼殿正面の東庭におりる階段。
- かむだちめ【上達部】:三位以上の者。
- をりひつもの【折櫃物】:檜の箱に肴などを盛ったもの。元服する源氏の君から帝への献上品。
- こもの【籠物】:籠の中に五菓(柑・橘・栗・柿・梨)を入れたもの。
- うだいべん【右大弁】:太政官の右弁局の長官。高麗人に若宮の相を見させた時に後見役として登場した人。
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屯食、禄の唐櫃どもなど
屯食、禄の唐櫃どもなど、ところせきまで、春宮の御元服の折にも数まされり。なかなか限りもなくいかめしうなむ。
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- とんじき【屯食】:強飯を握って卵形にしたもの。握り飯。下々の役人に与える弁当。
- からひつ【唐櫃】:足のついた櫃。下々の者に与える禄が入れてある。
- ところせし【所狭し】:その場が狭く感じるほどにたくさんある。いっぱいにある。
- なかなか【中中】:かえって。むしろ。
- いかめし【厳し】:立派である。盛大である。
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その夜、大臣の御里に源氏の君まかで
その夜、大臣の御里に源氏の君まかでさせたまふ。作法世にめづらしきまで、もてかしづききこえたまへり。いときびはにておはしたるを、ゆゆしううつくしと思ひきこえたまへり。女君はすこし過ぐしたまへるほどに、いと若うおはすれば似げなう恥づかしと思いたり。
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- さと【里】:家。
- まかづ【罷づ】:「行く」「来」の丁寧語。出かけます。参ります。
- さほふ【作法】:婿として迎える婚礼。
- もてかしづく【もて傅く】:大切にもてなす。
- きびは:いかにもまだ若いようす。
- ゆゆし:はばかられる。おそれおおい。程度がはなはだしい。不吉だ。
- うつくし【愛し・美し】:かわいらしい。愛らしく美しい。
- すぐす【過ぐす】:年齢が上である。ふける。
- にげなし【似げ無し】:不釣り合い。
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この大臣の御おぼえいとやむごとなきに
この大臣の御おぼえいとやむごとなきに、母宮、内裏のひとつ后腹になんおはしければ、いづ方につけてもいとはなやかなるに、この君さへかくおはし添ひぬれば、春宮の御祖父にて、つひに世中を知りたまふべき右大臣の御いきほひは、ものにもあらず圧されたまへり。
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- おぼえ【覚え】:信任。人望。
- やむごとなし:並々でない。格別だ。
- ははみや【母宮】:大臣の妻。姫君の母。
- うち【内裏】:帝。
- ひとつきさいばら【一つ后腹】:同じ皇后を母とする皇子・皇女。帝と母宮は兄妹。
- とうぐう【東宮・春宮】:皇太子の御殿。帝の第一皇子、弘徽殿女御の子のこと。
- よのなかをしる【世中を知る】:世の中を治める。
- みぎのおとど【右大臣】:第一皇子の祖父。源氏の君の義父は左大臣。
- ものにもならず【物にもならず】:問題にもならない。
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御子どもあまた腹々にものしたまふ
御子どもあまた腹々にものしたまふ。宮の御腹は蔵人少将にていと若うをかしきを、右大臣の、御仲はいとよからねど、え見過ぐしたまはで、かしづきたまふ四君にあはせたまへり。劣らずもてかしづきたるは、あらまほしき御間どもになむ。
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- ものす【物す】:露骨に表現するのを避ける言い方。
- くらうどのせうしゃう【蔵人少将】:母宮と同じ腹。姫君の兄。
- をかし:すぐれている。美しい。
- かしづく【傅く】:大切に育てる。
- しのきみ【四の君】:右大臣家の四女。第一皇子の母である弘徽殿女御の妹。
- あはす【合はす】:結婚させる。
- あらまほし【有らまほし】:理想的だ。好ましい。望ましい。
- あはひ【間】:間柄。仲。組み合わせ。
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現代語訳
桐の花
帝の御前より、内侍が大臣の席へ来て、帝の御言葉を承り伝えました。大臣に参られるようにとのお召しでありますので、大臣は帝の御前へとお進みになります。加冠役を務めたことへの御禄の品物を、帝付きの命婦が取り次いで賜ります。白い大袿に御衣装一式、慣例のとおりでございました。帝は御盃を賜るついでに、
いときなき初元結ひに長き世を契る心は結びこめつや
と、御心をこめて念をおされます。
結びつる心も深き元結ひに濃き紫の色しあせずは
と、大臣は奏上し、長橋よりおりて返礼の舞踏を拝されます。左馬寮の御馬、蔵人所の鷹を据えて賜りました。御階の下に親王たちや上達部が連なり、御祝の禄の品々をそれぞれに賜ります。
その日の帝の御前に供された折櫃物や籠物などは、あの右大弁が承って調進されたのでした。屯食、禄を入れた唐櫃など、所狭しといっぱいに並び、春宮の御元服の折にも数が勝っていました。むしろ規定もないことが、これまでにないほど盛大になったのでしょう。
その夜、大臣の御邸宅へ源氏の君はお越しになりました。婚礼の作法は世に珍しいほど立派にして、大切におもてなしなさいました。いかにもあどけない美少年という様子でおいでになるのを、大臣は不吉なほど美しいと思われました。姫君はすこし年上でいらっしゃるので、源氏の君があまりに若くお見えになるのが不釣り合いで恥ずかしいと思われるのでした。
この大臣は帝の御信任が大変厚い上に、姫君の母宮は、帝と同じ后の腹にお生まれになった兄妹でいらっしゃるのです。大臣と母宮のどちらにつけても、極めて華やかな御血統であるところに、この源氏の君までこのように婿として迎えられました。春宮の御祖父であり、とうとう世の中を治められるはずであった右大臣の御権勢は、問題にもならないほど圧倒されてしまいました。
左大臣は子どもたちを大勢の腹々にものしていらっしゃいます。姫君と同じ母宮がお生みになった男子は、蔵人少将というこれまた若く美しい男子です。
右大臣は、左大臣との御仲はあまりよろしくありませんでしたが、この少将を見過ごそうにも見過ごすことができず、大切に育てられている四の君に婿として迎えられました。左大臣に劣らず、少将を大切にもてなされているのは、両家ともまことに理想的な婿と舅の御間柄でございます。