第1帖「桐壺」(15)この君の御童姿

出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」

原文・語釈
この君の御童姿、いと変へまうく思せど
この君の御童姿、いと変へま憂く思せど、十二にて御元服したまふ。居起ち思しいとなみて、限りあることにことを添へさせたまふ。ひととせの春宮の御元服、南殿にてありし儀式、よそほしかりし御響きに落とさせたまはず。
所々の饗など、内蔵寮、穀倉院など
所々の饗など、内蔵寮、穀倉院など、おほやけごとに仕うまつれる、おろそかなることもぞと、とりわき仰せ言ありて、きよらを尽くして仕うまつれり。
おはします殿の東の廂
おはします殿の東の廂、東向きに椅子立てて、冠者の御座、引入の大臣の御座、御前にあり。申の時にて、源氏参りたまふ。みづら結ひたまへるつらつき、顔のにほひ、さま変へたまはむこと惜しげなり。
大蔵卿、蔵人仕うまつる
大蔵卿、蔵人仕うまつる。いときよらなる御髪をそぐほど、心苦しげなるを上は、御息所の見ましかばと思し出づるに、堪へがたきを、心強く念じかへさせたまふ。
かうぶりしたまひて、御休み所に
かうぶりしたまひて、御休所にまかでたまひて、御衣たてまつり替へて、おりて拝したてまつりたまふさまに、皆人涙落としたまふ。帝はた、ましてえ忍びあへたまはず、思し紛るる折もありつる昔のこと、とりかへし悲しく思さる。いとかうきびはなるほどは、あげ劣りやと疑はしく思されつるを、あさましううつくしげさ添ひたまへり。
引入の大臣の皇女腹に
引入の大臣の皇女腹に、ただ一人かしづきたまふ御むすめ、春宮よりも御けしきあるを、思しわづらふことありける、この君にたてまつらんの御心なりけり。内にも、御けしき賜はらせたまへりければ、
「さらば、この折の後見なかめるを、添臥にも」
ともよほさせたまひければ、さ思したり。
さぶらひにまかでたまひて
さぶらひにまかでたまひて、人々大御酒など参るほど、親王たちの御座の末に源氏着きたまへり。大臣けしきばみ聞こえたまふことあれど、もののつつましきほどにて、ともかくもあへしらひ聞こえたまはず。

現代語訳

この源氏の君のかわいらしい童の御姿を、大人の装いに変えてしまうのが惜しいと帝は思いますが、12歳で御元服されました。帝はそわそわとあれこれお世話を焼かれて、しきたりで定められていることに加えて、それ以上のおもてなしを添えさせます。
先年の春宮の御元服、南殿にてとり行われた儀式が実に盛大であったとの世間の評判に、ひけをとらせないようにしているのです。あちらこちら女房たちのご馳走なども、内蔵寮や穀倉院などに向けて、通りいっぺんの用意では行き届かないこともあるやと、とりわけ特別な仰せ言がありましたので、華美の限りを尽くしてご調進されました。
清涼殿の東側の廂に、東向きに帝がお座りになる御椅子を立てて、元服する源氏の君と加冠役の大臣の御座がその御前にあります。
儀式が始まる申の時になりましたので、源氏の君がお入りになりました。角髪を結っていらっしゃる美少年の顔立ち、色つや、かわいらしいさまをお変えになろうことが惜しいようです。
大蔵卿が理髪役をお務めになられます。とても清らかで美しい御髪を削いでいくにつれて、心苦しそうになるのを帝は、「亡き更衣が見ていたならば⋯⋯」と思い出されては涙がこみ上げてくるのを、心強く念じておさえています。
加冠の儀をお済ませになり、御休み所に下がって成人の御衣装に着替えられて、東庭におりてお礼の舞を拝される御姿に、参列者は皆涙を落とされます。帝はというと、誰よりもまして涙をこらえきれず、思い紛れる折もあった昔のことを引き戻して悲しく思われます。まことにこうも幼い年頃では、元服して髪上げをすると見劣りするのではないかと疑わしくも思っておられましたが、驚き呆れんばかりの輝かしい美しさがさらに増すのでした。
加冠役の大臣の夫人である皇女がお生みになった子に、ただ一人、大切にお育てになられていた姫君がいらっしゃいます。春宮から内々に入内の御所望があるのを、大臣に思い悩まれることがありましたのは、この源氏の君に差し上げようという御心からであったのです。帝にも御内意を賜っていたことで、
「さらば、この元服の折の後見がいないようだから、添臥にも」
と、帝が御催促されると、大臣はそのように御決心されました。
源氏の君が御休所へ退出されて、御祝宴が始まります。参列者たちが大御酒などを召し上がっている間に、親王たちが並ぶ御座の末席に源氏の君は着かれました。
大臣はそれとなく姫君とのことを申し上げますが、もの恥ずかしいお年頃でございますので、なんともお答えできずにおられます。
