第1帖「桐壺」（14）藤壺と聞こゆ

原文・語釈

藤壺と聞きこゆ

　藤壺ふぢつぼと聞きこゆ。げに御かたち、ありさま、あやしきまでぞおぼえたまへる。これは人の御際きはまさりて、思おもひなしめでたく、人もえおとしめきこえたまはねば、うけばりて飽かぬことなし。かれは人のゆるしきこえざりしに、御志こころざしあやにくなりしぞかし。思おぼし紛まぎるとはなけれど、おのづから御心移うつろひて、こよなう思おぼし慰むやうなるも、あはれなるわざなりけり。

源氏の君は御あたり去りたまはぬを

　源げむ氏じの君は御あたり去さりたまはぬを、ましてしげく渡わたらせたまふ御方かたは、え恥はぢあへたまはず。いづれの御方かたも、我人に劣おとらんと思おぼいたるやはある、とりどりにいとめでたけれど、うちおとなびたまへるに、いと若わかううつくしげにて、せちに隠れたまへど、おのづから漏もり見みたてまつる。

母御息所もかげだにおぼえたまはぬを

　母御息所みやすんどころもかげだにおぼえたまはぬを、

「いとよう似たまへり」

　と、典侍ないしのすけの聞きこえけるを、若き御心ここ地ちに「いとあはれ」と思おもひきこえたまひて、常に参まゐらまほしく、 「なづさひ見みたてまつらばや」とおぼえたまふ。

上も限かぎりなき御思おもひどちにて

　上うへも限かぎりなき御思おもひどちにて、

「な疎うとみたまひそ。あやしくよそへきこえつべき心地ここちなんする。なめしと思おぼさでらうたくしたまへ。

つらつき、まみなどはいとよう似たりしゆゑ

つらつき、まみなどはいとよう似にたりしゆゑ、通かよひて見みえたまふも、似にげなからずなむ」

　など聞きこえつけたまひつれば、幼心地をさなごこちにも、はかなき花はな紅葉もみぢにつけても志こころざしを見みえたてまつる。

こよなう心寄よせきこえたまへれば

　こよなう心寄よせきこえたまへれば、弘徽殿女御こきでんのにようご、またこの宮とも御仲なかそばそばしきゆゑ、うち添そへてもとよりの憎にくさも立たち出いでてものしと思おぼしたり。世にたぐひなしと見みたてまつりたまひ、名高たかうおはする宮の御かたちにも、なほ匂にほはしさはたとへん方かたなくうつくしげなるを、世の人、「光君ひかるきみ」と聞きこゆ。藤壺ふぢつぼならびたまひて、御おぼえもとりどりなれば、「かかやく日ひの宮」と聞きこゆ。

現代語訳

　藤壺と申します。実に御容貌、雰囲気、あやしいほどに瓜二つでいらっしゃいます。こちらは御身分もまさっていて、人からの評判もめでたく、誰たも見み下そうにも見み下せなければ、堂々と振る舞っても十分すぎることはありません。

　あちらは人に許されなかったために、帝の御愛情があいにくにも重くなったのです。桐壺更衣ぞと思い違たがえることはなさいませんでしたが、しぜんと御心が移ろいで、こよなく思い慰められるようであるのも、あわれなる人の常でございました。

　源氏の君は帝のそばをお離れにならないので、まして足しげくお渡りになる藤壺の宮は、いつまでも恥はずかしがっているわけにはいきません。いずれの方々も、自分が人に劣っていようとは思いやしない節があり、それぞれにとてもお綺麗ではありますが、少々お年を重ねておられます。藤壺の宮はいっそう若く美しく見みえるので、しきりにお顔を隠しなさっても、偶然にちらりと漏れてお目に入るのです。母君も面影さえ覚えていないので、

「大おほ変よく似ておられますよ」

　と、典侍ないしのすけがお話しになるのを、幼をさな心に「なんと尊い」と思いなさって、常に参まゐりたがって、「いつもそばでお見み上げしたい」というような気持ちを覚えていらっしゃいます。
　帝も限かぎりなくいとしく思いなさる同士ですので、

「どうかよそよそしくされないでください。あなたは不思議なほど、この君の亡き母になぞらえられるような心地ここちがするのです。無礼だと思わないで、いたわってあげてください。顔つき、目もとなどはとてもよく似ておりますゆえ、源氏の君とあなたが似通かよってお見みえになるのも、不似合いではないのですよ」

　などとお申し付けになられたので、源氏の君は幼をさな心地ここちにも、はかなく散る桜の花や紅くれなゐ葉につけても、寄より添そう心をお見みせになります。こよなく心をお寄よせになるので、弘徽こき殿でん女御はまた、この藤壺の宮とも仲がよろしくないゆえ、付け加えてもとよりの憎さも出いてきて不愉快だと思われています。

　帝が世に比類なしと御覧になり、名高くいらっしゃる藤壺の宮の御容貌にも、なお勝る源氏の君の輝かしいさまは例えようもなく美しく見みえるのを、世の人、「光る君」と申し上げます。藤壺の宮もお並びになられて、帝の御寵愛もそれぞれであれば、「輝く日の宮」と世に知しられます。