第1帖「桐壺」(13)年月に添へて、御息所の御ことを

国貞『源氏香の図』
典:国会図書館「NDLイメージバンク」

原文・語釈

年月にへて、御息所の御ことを

 年月としつきへて、御息所みやすんどころの御ことをおぼし忘るるをりなし。なぐさむやと、さるべき人々をまゐらせたまへど、なずらひにおぼさるるだにいとかたき世かなと、うとましうのみよろづにおぼしなりぬるに、先帝せんだいの宮の御かたちすぐれたまへるこえ高くおはします。

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  • みやすんどころ【御息所】:天皇の御寝所につかえる女性。桐壺更のこと。
  • なずらひ【準ひ・准ひ・擬ひ】:本ものに準ずること。
  • かたし【難し】:容易でない。難しい。
  • うとまし【うとまし】:いとましい。。嫌な感じだ。
  • よろづに【万に】:いろいろと。何事につけて。
  • しのみや【四の宮】:第四皇女。
  • かたち【形・容貌】:容貌。器量。
  • きこえ【こえ】:うわさ。評判。
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母后世になくかしづきこえたまふを

 ははきさき世になくかしづきこえたまふを、うへにさぶらふ典侍ないしのすけは、先帝せんだいの御時の人にて、かの宮にも親しうまゐりなれたりければ、いはけなくおはしましし時よりたてまつり、今もほのたてまつりて、

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  • きさき【后】:天皇のをとこ人。皇后。中宮。
  • かしづく【傅く】:おほ事に世話をする。
  • きこゆ【こゆ】:〘謙譲語〙お⋯する。
  • うへ【上】:天皇。
  • ないしのすけ【典侍ないしのすけ】:内侍ないしのすけ司の次官。
  • いはけなし【稚けなし】:をさない。
  • ほの【仄】:ちょっと。かすかに。
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うせたまひにし御息所の御かたちに

「うせたまひにし御息所みやすんどころの御かたちに似たまへる人を、三代の宮つかへに伝はりぬるにえたてまつりつけぬを、きさいの宮の姫宮こそ、いとようおぼえて生ひでさせたまへりけれ。ありがたき御かたち人になん」

 とそうしけるに、まことにやと御心とまりて、ねんごろにこえさせたまひけり。

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  • つたはる【伝はる】:昔から続いて現在に至る。受け継がれる。
  • え:よく。じゅうぶんに。
  • みつく【付く】:なれる。
  • きさいのみや【后の宮】:后の敬称。
  • おぼゆ【覚ゆ】:似る。
  • おひいづ【生ひづ】:成長する。
  • ありがたし【有り難し】:めったにない。めったにないほど尊くすぐれている。
  • ねんごろ【懇ろ】:心を込めたようす。丁寧である。
  • きこえさせたまふ【こえさせ給ふ】:申し上げさせなさる。
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母后、あなおそろしや

 ははきさき、「あなおそろしや。春宮とうぐう女御にようごのいとさがなくて、桐壺のかうのあらはにはかなくもてなされにしためしもゆゆしう」と、おぼしつつみて、すがすがしうもおぼたざりけるほどに、きさきもうせたまひぬ。心細きさまにておはしますに、

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  • とうぐう【春宮・東宮】:皇太子の御殿。
  • とうぐうのにょうご【春宮・東宮の女御】:弘徽こき殿でん女御のこと。
  • さがなし:意地が悪い。
  • あらは【露・顕】:露骨である。
  • はかなし【果無し・果敢無し】:あっけない。
  • もてなす【もて成す】:り扱う。
  • ゆゆし:不吉だ。忌まわしい。
  • おぼしつつむ【思し包む】:心に包みお隠しになる。
  • すがすがし【清清し】:あっさりして思いきりがよい。
  • おぼしたつ【思しつ】:心をお決めになる。ご決心なさる。
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ただ、わが女御子みこたちの同じつらに

「ただ、わがをんな御子みこたちの同じつらにおもこえん」

と、いとねんごろにこえさせたまふ。さぶらふ人々、御後見うしろみたち、御うと兵部卿ひやうぶきやう御子みこなど、「かく心細くておはしまさむよりは、うちみせさせたまひて御心も慰むべく」などおぼしなりて、まゐらせたてまつりたまへり。

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  • つら【列・連・おこな】:同列。
  • きこえさせたまふ【こえさせ給ふ】:申し上げなさる。
  • せうと【兄人】:をとこ兄弟をさす語。
  • ひゃうぶきゃう【兵部卿】:兵部省の長官。
  • うちずみ【内住み・内裏うち住み】:宮中に住むこと。女官として宮中につかえること。
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現代語訳

桐の花

 年月が経つに従っても、帝は更との思いをお忘れになることはありません。慰められることもあろうかと、それらしい人々をまゐらせなさるけれども、「更の面影を思うことさえまったく難しい世かな」と、うとましいとばかり万事を思いなさっておられました。

 そのようなに、先帝の第四皇女が、御容貌がすぐれておられるとの評判が高くおいでです。母である先帝の后が、世にまたとなくおほ切に守り育てていらっしゃいました。それを帝付きの典侍ないしのすけは、先帝の御時にもつかえていた人で、かの第四皇女にも親しくまゐりなれていました。御をさな少でいらした時から拝しており、今もほのかにおかけになると、

「亡くなられた更の御容貌に似ている人を、三代にわたる宮つかえを受け継いでいるうちによくなれてしまっておりましたが、御后様の姫宮こそ、それはそっくりに似て御成長なさり、めったにおられない御容貌の人でございます」

 と申し伝えたところ、「まことにや」と帝の御心にとまったので、丁寧に申し上げました。母の后は、

「あなおそろしや。春宮の女御がとんでもなく性悪で、桐壺の更が露骨に軽々しく扱われた前例も忌まわしいわ」

 と心の内に思われて、すがすがしく思いてないでいるうちに、后も亡くなられてしまいました。四の宮が心細い様子でいらっしゃるところに、

「ただ、私の皇女たちと同列に思いましょう」

と、丁重に申し上げなさいます。四の宮におつかえする人々、御後たち、御兄上の兵部卿の御子みこなど、

「このように心細いままいらっしゃるよりは、内裏うちにお住いになられたなら姫君ひめぎみの御心も慰められましょう」

 などお思いになって、四の宮をまゐらせなさいました。