第2帖「帚木」(7)あしくもよくもあひ添ひて

出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」

原文・語釈
あしくもよくもあひ添ひて
あしくもよくもあひ添ひて、とあらむ折も、かからんきざみをも見過ぐしたらん仲こそ、契り深くあはれならめ、われも人もうしろめたく心おかれじやは。また、なのめに移ろふ方あらむ人をうらみてけしきばみ背かんはた、をこがましかりなん。心は移ろふ方ありとも、見そめし心ざしいとほしく思はば、さる方のよすがに思ひてもありぬべきに、さやうならむたぢろきに絶えぬべきわざなり。
すべて、よろづの事なだらかに
すべて、よろづの事なだらかに、怨ずべきことをば見知れるさまにほのめかし、うらむべからむふしをもにくからずかすめなさば、それにつけてあはれもまさりぬべし。多くはわが心も見る人からをさまりもすべし。あまりむげにうちゆるへ見放ちたるも、心やすくらうたきやうなれど、おのづからかろき方にぞおぼえはべるかし。つながぬ舟の浮きたるためしもげにあやなし。さははべらぬか」
と言へば中将うなづく。
さしあたりて
「さしあたりて、をかしともあはれとも心に入らむ人の、頼もしげなき疑ひあらむこそ大事なるべけれ。わが心あやまちなくて見過ぐさば、さしなほしてもなどか見ざらむとおぼえたれど、それさしもあらじ。ともかくも、たがふべきふしあらむを、のどやかに見忍ばむよりほかにますことあるまじけり」
と言ひて、わがいもうとの姫君はこの定めにかなひたまへりと思へば、君のうちねぶりて言葉まぜたまはぬを、さうざうしく心やましと思ふ。馬の頭、もの定めの博士になりてひひらきゐたり。中将はこのことわり聞き果てむと、心入れてあへしらひゐたまへり。
よろづのことに
「よろづのことによそへておぼせ。木の道の匠の、よろづのものを心にまかせて作り出だすも、臨時のもて遊びものの、そのものと跡も定まらぬは、そばつきさればみたるも、げにかうもしつべかりけりと、時につけつつさまを変へて、いまめかしきに目移りてをかしきもあり。大事として、まことにうるはしき人の調度の、飾りとする定まれるやうあるものを難なくし出づることなん、なほまことのものの上手はさまことに見え分かれはべる。

現代語訳

(左馬頭のセリフが続きます)
悪い時も良い時も一緒に連れ添って、どんな出来事も大めに見過ごせるような夫婦仲こそ、誓い深く愛情も深いってもんでしょう。それが家出騒ぎなんて起こされたら、自分も相手もうしろめたくて安心できないじゃないですか。あと、人並みに浮気心がある男に嫉妬して、あからさまに背を向けるような女、ありゃどんだけおこがましいん。心が浮つくことはあっても、結婚当初の誓いを大切に思っていれば、やっぱり妻が一番だと戻ってくるはずなのに、そんなくだらない騒ぎにじたばたしていては、縁が切れるのも当たり前のことですよ。
まとめると、何事も穏やかに、浮気に気づいても問い詰めず、知ってますよ感を出してほのめかし、復讐したくなるような時も、作り笑顔でやり過ごしていれば、そのけなげな姿に愛情も増したでしょう。夫の浮気の多くは、妻の出方次第で収まるはずです。あまりむげに緩めて放任しているのも、気楽でかわいげがありますけど、それはそれで浮気が軽くたやすいことにも感じられましょうよ。岸につながれてない舟が浮いて漂うような浮気は、実につまらない。そうは思いませんか?」
と言うと、中将はうなずきます。
「さしあたり、性格も良くてかわいいなと好みにぴったりの人が、実はだらしないのではないかと疑わしい時こそ大ごとでしょう。自分の気持ちに間違いはないと大目に見るなら、心を入れ替えさせてなんとか再構築できないかと思ってしまうけど、それもそう簡単にはいきませんよね。とにもかくにも、徳に背くようなフシがあっても、大きな器で見過ごすよりほかに良い策はなさそうですよ」
と言いながら、妹の姫君がまさにこのパターンやないかと思えば、源氏の君は寝たふりをして言葉を挟んでこないので、中将は何か言うことあるやろとイラッとします。左馬頭は品定めの博士になりきって、べらべらと弁じたてていました。中将はその論説を最後まで聞こうと、熱心に構えているのでした。
「いろんなことに例えて考えてみましょう。木の道を極めた匠は、あらゆるものを思いのままに作り出しますよね。臨時で作る遊び道具とか、何の道具か型も決まっていないものをパット見でしゃれた感じに作れば、なるほどこういう風にできるのかと、時に合わせて様式を変えて、今風に目に映る素晴らしさもあります。大きな仕事として、まことに格式高い人の調度品の、装飾品としての出来栄えも求められるようなものを難なく作り出すことなんかは、やはり本物の匠は別格だと、目に見えてわかるものです。
