第2帖「帚木」

第2帖「帚木」(5)必ずしもわが思ふにかなはねど

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国貞『源氏香の図』
出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」
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第2帖「帚木」(4)もとの品、時世のおぼえ
第2帖「帚木」(4)もとの品、時世のおぼえ

原文・語釈

必ずしもわが思ふにかなはねど

 必ずしもわがおもふにかなはねど、そめつるちぎりばかりをてがたく、おもひとまる人はものまめやかなりとえ、さてたもたるる女のためも心にくくおしはからるるなり。されど、なにか。のありさまをたまへあつむるままに、心におよばずいとゆかしきこともなしや。君達きんだちかみなき御えらびには、ましていかばかりの人かはたぐひたまはん。

語釈
  • みそむ【見初む】:はじめて見て恋する。はじめて契を結ぶ。
  • おもひとまる【思ひ止まる】:心移りしないでいる。
  • ものまめやか【もの忠実やか】:誠実そうなさま。実直そうだ。きちんとしているさま。
  • こころにくし【心憎し】:奥ゆかしい。教養があって上品だ。深みがある。
  • ゆかし【床し】:好奇心がもたれ、そのものに心が向かっていく状態。
  • きんだち【君達・公達】:貴族の子息。あなた様。
  • かみなし【上無し】:これより上がない。最高だ。

かたちきたなげなく若やかなる

 かたちきたなげなくわかやかなるほどの、おのがじしはちりもつかじと身をもてなし、ふみけどおほどかにことりをし、すみつきほのかに心もとなくおもはせつつ、またさやかにもてしかなとすべなくたせ、わづかなるこゑくばかりれど、いきしたことずくななるが、いとよくもてかくすなりけり。なよびかにをんなしとれば、あまりなさけきこめられて、りなせばあだめく。これをはじめのなんとすべし。

語釈
  • きたなげ【汚げ・穢げ】:いかにも見苦しいさま。
  • わかやか【若やか】:いかにも若いと感じられるさま。
  • ちり【塵】:わずかのきず・欠点。
  • おほどか:おおらかなさま。おっとり。のんびり。
  • すみつき【墨付き】:墨のつきぐあい。あいさつ。
  • こころもとなし【心許なし】:気のせかれるさま。待ち遠しい。じれったい。
  • さやか【分明】:はっきりしている。明瞭である。
  • いきのした【息の下】:かすかな息づかいでものを言うさま。
  • なよびか:人柄が上品で優美なさま。色っぽい。
  • あまり【余り】:度を過ぎて。非常に。ひどく。
  • とりなす【取り成す】:うまくとりつくろう。よいように処置する。
  • あだめく【徒めく・婀娜めく】:浮つく。

ことがなかに、なのめなるまじき

 ことがなかに、なのめなるまじき人の後見うしろみかたは、もののあはれぐし、はかなきついでのなさけあり、をかしきにすすめるかたなくてもよかるべしとえたるに、また、まめまめしきすぢてて、みみはさみがちにびさうなきいへとうの、ひとへにうちとけたる後見うしろみばかりをして、

語釈
  • なのめ【斜め】:なおざりである。いいかげんだ。
  • うしろみ【後見】:(日常的に)世話をすること。
  • もののあはれ【物のあはれ】:物事にふれて起こるしみじみとした趣。
  • ついで【序】:機会。
  • まめまめし【忠実忠実し】:(趣味的なものに対して)実用的である。実生活向きである。
  • みみはさみ【耳挟み】:女性が前髪を耳にかけること。忙しく働くときにするもので、品のないこととされていた。
  • びさう【美相】:美しい顔つき。美しい姿。
  • いへとうじ【家刀自】:一家の主婦。

朝夕の出で入りにつけても

 朝夕あさゆふりにつけても、おほやけわたくしの人のたたずまひ、よきあしきことのにもみみにもとまるありさまを、うとき人にわざとうちまねばんやは、ちかくてん人のおもるべからむに、かたりもはせばやとうちもまれ、なみだもさしぐみ、もしはあやなきおほやけはらたしく、心ひとつにおもひあまることなどおほかるを、なににかはかせむとおもへば、うちそむかれて、人れぬおもわらひもせられ、『あはれ』ともうちひとりごたるるに、『なにごとぞ』などあはつかにさしあふぎゐたらむは、いかがはくちをしからぬ。

語釈
  • うとし【疎し】:親しくない。疎遠だ。
  • わざと【態と】:わざわざ。
  • まねぶ【学ぶ】:見たり聞いたりしたことをありのままに人に語る。
  • さしぐむ【差し含む】:涙ぐむ。
  • あやなし【文無し】:道理に合わない。わけがわからない。
  • なににかはせむ【何にかはせむ】:どうしようというのか、いや、どうにもならない。
  • ひとりごつ【独りごつ】:独り言を言う。
  • あはつか:思慮の足りないさま。ぼんやりとしたさま。軽々しいさま。
  • あふぐ【仰ぐ】:上を向く。見上げる。

ただひたふるに

 ただひたふるに、めきてやはらかならむ人をとかくきつくろひては、などかざらん。心もとなくともなほしどころある心地すべし。げにさしむかひてむほどは、さてもらうたきかたつみゆるしるべきを、はなれて、さるべきことをもひやり、をりふしにしでむわざの、あだことにもまめごとにもわが心とおもることなく、ふかきいたりなからむは、いとくちをしくたのもしげなきとがやなほくるしからむ。つねはすこしそばそばしく心づきなき人の、をりふしにつけてでばえするやうもありかし」

 など、くまなきものひも、さだめかねていたくうちなげく。

語釈
  • ひたふる【頓・一向】:ひたすら。
  • こめく【子めく】:子供っぽく見える。おっとりしている。邪心がない。
  • などか:どうして⋯か。
  • みる【見る】:妻とする。
  • さしむかふ【差し向かふ】:向かい合う。対座する。
  • つみ【罪】:欠点。
  • たちはなる【立ち離る】:遠く離れる。遠ざかる。
  • あだこと【徒事】:つまらないこと。ちょっとした戯れごと。浮気な行為。情事。
  • おもひう【思ひ得】:考えつく。判断する。
  • いたりふかし【至り深し】:思慮が深い。配慮が行き届いている。
  • そばそばし【稜稜し】:よそよそしい。とっつきにくい。
  • こころづく【心付く】:心を寄せる。
  • いでばえ【出で映え・出で栄え】:人前で、いっそう見ばえのすること。
  • くまなし【隈無し】:曇りがない。なんでも知っている。行き届いている。隠しだてがない。
  • うちなげく【打ち嘆く】:ため息をついて嘆く。
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第2帖「帚木」(6)いまはただ、品にもよらじ
第2帖「帚木」(6)いまはただ、品にもよらじ

現代語訳

帚木(ハハキギ・コキア)

(前回に引き続き左馬頭のセリフ)

 見るからに純粋そうな若々しい年頃で、それぞれが少しの汚点もつけまいと身をこなし、手紙を書けば思わせぶりな言葉を選ぶ。あいさつはチラ見で、男のじれったい気持ちをくすぐっては、今度こそちゃんと会ってみたいと当てもなく期待させる。やっと少し声を聞けるぐらいの仲になっても、かすかな息づかいで言葉少なにささやくような女が、これまたうまく難を隠してたんですよ。色っぽくて女らしいなと見れば、そういう女は狂ったように情に溺れます。かといってそれに応えていたら、すーぐ浮つく。これを付き合い始め一番の災難とすべし!

 家事の中でも、絶対に手を抜けない夫の世話となると、物のあわれを意識し過ぎたり、ちょっとしたことでも趣向を凝らして、いちいち面白くしようと頑張らなくてもいいのにって思うわけですよ。かといって、生活術のテクニックに走って、忙しそうに髪を耳にかけては化粧もしないガチ主婦が、ひたすら世帯じみた世話ばかりをしているのもアレですけどね。

 朝夕に宮中へ出入りすれば、公私にわたる人々のようすや、楽しいことも嫌なことも、目にしたり耳に聞いたりしますよね。そういう出来事を、親しくもない人にわざわざ話そうなんて思わんでしょう。身近にいる妻なら話をわかってくれるだろうなと、早く帰って語り合いたいと思うだけで吹き出しそうになったり、涙ぐんだりもするもんです。

 もしくは理不尽な公務に腹が立って、自分一人では消化できないことが多いのに、言ってもどうせわかってくれないと思って、つい背を向けてしまうこともあります。誰にも見られずに思い出し笑いをしたり、『しんどっ』と独りごとを言ったり。そんな時に限って『何があったの!』とか、人の気も知らないで顔を見上げてくるようなのはマジで残念な女です。

 こうなったら強引に、邪心のない柔順な女をとにかく矯正しては、妻としましょうか。不十分であっても教育しがいがあるはずです。実際、顔を向かい合わせて同居しているような間は、欠点があってもかわいいから許すってなると思いますよ。でも別々に離れて住んでいて、やってほしいことを相手に全部伝えた時に、その一つひとつのやり方を、趣味的なことも実用的なことも自分で判断することなく、深く配慮できなかったら、その女の非常に残念で頼りない欠点がやっぱり嫌になりませんか。普段は少しツンとしていて冷たい女が、その時その時に見ばえするようなこともあるやないですか」

 など、女について隈なく弁を述べた評論家()も、結論を定められず大きなため息をついています。左馬頭の演説はまだ続きます。

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第2帖「帚木」(6)いまはただ、品にもよらじ
第2帖「帚木」(6)いまはただ、品にもよらじ
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保坂陽平(ヤンピン)
保坂陽平(ヤンピン)
福岡県宗像市在住。2024年9月から『源氏物語』の全訳に挑戦しています。10年がかりのライフワークです。
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