第2帖「帚木」(4)もとの品、時世のおぼえ

出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」

原文・語釈
もとの品、時世のおぼえうちあひ
「もとの品、時世のおぼえうちあひやむごとなきあたりの、うちうちのもてなしけはひおくれたらむはさらにも言はず。何をしてかく生ひ出でけむと、言ふかひなくおぼゆべし。うちあひてすぐれたらむもことわり、これこそはさるべきこととおぼえて、めづらかなることと心もおどろくまじ。なにがしがおよぶべきほどならねば、上が上はうちおきはべりぬ。
さて、世にありと人に知られず
さて、世にありと人に知られず、さびしく荒れたらむ葎の門に、思ひのほかにらうたげならん人の閉ぢられたらんこそ、限りなくめづらしくはおぼえめ。いかではたかかりけむと、思ふよりたがへることなんあやしく心とまるわざなる。
父の年老い、ものむつかしげに太り過ぎ
父の年老い、ものむつかしげに太り過ぎ、せうとの顔にくげに、思ひやりことなることなき閨のうちに、いといたく思ひ上がり、はかなくし出でたることわざもゆゑなからず見えたらむ、片かどにてもいかが思ひのほかにをかしからざらむ。すぐれて疵なき方の選びにこそおよばざらめ、さる方にて捨てがたきものをば」
とて、式部を見やれば、わが妹どものよろしき聞こえあるを思ひてのたまふにや、とや心得らむ、ものも言はず。
いでや、上の品と思ふにだにかたげなる世を
「いでや、上の品と思ふにだにかたげなる世を」と、君は思すべし。白き御衣どものなよよかなるに、直衣ばかりをしどけなく着なしたまひて、紐などもうち捨てて、添ひ臥したまへる御火影いとめでたく、女にて見たてまつらまほし。この御ためには上が上を選り出でても、なほ飽くまじく見えたまふ。
さまざまの人の上どもを語りあはせつつ
さまざまの人の上どもを語りあはせつつ、
「おほかたの世につけて見るには咎なきも、わがものとうち頼むべきを選らんに、多かる中にもえなん思ひ定むまじかりける。男のおほやけに仕うまつり、はかばかしき世のかためとなるべきも、まことのうつはものとなるべきを取り出ださむにはかたかるべしかし。されど、かしこしとても、ひとりふたり世中をまつりごちしるべきならねば、上は下に助けられ、下は上になびきて、こと広きに譲ろふらん。
狭き家のうちのあるじとすべき人
狭き家のうちのあるじとすべき人ひとりを思ひめぐらすに、足らはで悪しかるべき大事どもなむかたがた多かる。とあればかかり、あふさきるさにて、なのめにさてもありぬべき人の少なきを、すきずきしき心のすさびにて、人のありさまをあまた見あはせむの好みならねど、ひとへに思ひ定むべき寄るべとすばかりに、同じくは、わが力入りをし、なほし引きつくろふべき所なく、心にかなふやうにもやと選り初めつる人の、定まりがたきなるべし。

現代語訳

「もとの品が世間の評判にぴったりのお高い家柄なのに、中身の態度や印象が劣っているような女はいちいち言うまでもありませんね。何をどうしたらこんな育ち方をするのかと、言葉にならないぐらい幻滅するに決まってます。家柄と人柄がそろって上品なのも当たり前で、これこそは普通に育ちのいい女と思われて、珍しいことと心から驚くこともありますまい。あっ、それがしが及ぶような身分ではないんで、上流中の上に属するような女のことは言ってませんよ。
さて、世にありと人に知られず、さびしく荒れ果てた貧しい家に、思いのほかにかわいらしげな女が閉じ込められていたとしたら、それこそ限りなく珍しいとは思いませんか。なんでまたこんなところにと、思いもよらないことが妙にあやしく心にとまるものです。
父親は年老いて、気難しそうな感じで太り過ぎ、兄の顔つきも不細工やのに、そっからは想像もできんような非の打ち所がない家の奥深くに、お高く思い上がっている女がいて、何かちょっとしたことをしでかして教養があるように見えたりしたら、それが大したことない芸であってもどうして思いのほかに面白くないことがありましょうか。まったく欠点がない女を選ぶとなれば及びませんけど、それはそれとして捨てがたいもんですよ」
と言って式部の方を見ると、自分の妹たちがよろしく評判高いのを思っておっしゃるのだろうか、とでも心得たのか、ものも言いません。
「いやいや、上の品と思う階級でさえ、そんなできた女はめったにいない世なのに」と、源氏の君はお思いのようです。白い衣の柔らかなうえに、直衣だけを無造作に着崩して、紐なども結ばず、くつろいでいる御姿は本当に尊くて、女の身になって拝見してみたいものです。この御方のためなら、上流中の上を選び出しても、なお十分ではないように見えます。
さまざまな人の身の上を語り合いながら、左馬頭は、
「普通に彼女として付き合う分には問題なくても、自分の妻として頼りになりそうな女を選ぶとなると選択肢が多過ぎて、逆に決めようがなかったんですよ。朝廷に仕える男の中から国家の柱石となるべき人物を選ぶにしても、真に器の大きい人を選び出すとなれば難しいに決まってますやん。カリスマ的な人であっても、一人や二人で世の中を治められるはずもありませんから、上は下に助けられて、下は上に従って、広い国家を支え合っているもんでしょう。
ところが狭い家庭の主婦として選ぶべき女一人に思いをめぐらせると、絶対に外せないポイントがあれこれたくさんあります。あれは良いけどこれはダメ、あれはできるけどこれはできんとか、別に普通でいいのに、悪くないレベルの女でさえ少ない。遊び半分の下心で女のありさまを大勢見比べてやろうなんて趣味はないんで、付き合う時点で『この人を妻に思い定めん!」って勢いなんですけどね、どうせなら労力をかけてダメなところを矯正する必要がない、最初から理想にかなう女はいないのかと選り好みを始めるものですから、結局その人を妻にする決心がつかないんだと思います。
