第2帖「帚木」(17)すべて男も女も、わろものは

出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」

原文・語釈
すべて男も女も
「すべて、男も女もわろものは、わづかに知れる方のことを残りなく見せ尽くさむと思へるこそ、いとほしけれ。三史五経、道々しき方を明らかに悟り明かさんこそ愛敬なからめ、などかは女と言はんからに、世にあることの公私につけて、むげに知らずいたらずしもあらむ。すこしもかどあらむ人の、耳にも目にもとまること、自然に多かるべし。
さるままには真名を走り書きて
さるままには真名を走り書きて、さるまじきどちの女文に半ば過ぎて書きすくめたる、あなうたて、この人のたをやかならましかば、と見えたり。心地にはさしも思はざらめど、おのづからこはごはしき声に読みなされなどしつつ、ことさらびたり。上﨟のなかにも多かることぞかし。
歌詠むと思へる人の
歌詠むと思へる人の、やがて歌にまつはれ、をかしき古言をもはじめより取り込みつつ、すさまじきをりをり詠みかけたるこそものしき事なれ。返しせねばなさけなし、えせざらむ人ははしたなからん。
さるべき節会など
さるべき節会など、五月の節に急ぎまゐる朝、何のあやめも思ひしづめられぬに、えならぬ根を引きかけ、九日の宴に、まづかたき詩の心を思ひめぐらし暇なきをりに、菊の露をかこち寄せなどやうの、
つきなきいとなみに合はせ
つきなきいとなみに合はせ、さならでも、おのづから、げにのちに思へばをかしくもあはれにもあべかりける事の、そのをりにつきなく目にとまらぬなどを、おしはからず詠み出でたる、なかなか心おくれて見ゆ。
よろづのことに
よろづのことに、などかは、さても、とおぼゆるをりから、時々思ひ分かぬばかりの心にては、由ばみ情け立たざらむなんめやすかるべき。すべて、心に知れらむことをも知らず顔にもてなし、言はまほしからむことをも一つ二つのふしは過ぐすべくなんあべかりける」
と言ふにも、
君は人ひとりの御ありさまを
君は人ひとりの御ありさまを心の内に思ひつづけたまふ。これに足らず、また、さし過ぎたることなくものしたまひけるかなと、ありがたきにもいとど胸ふたがる。いづ方に寄り果つともなく、はてはてはあやしきことどもになりて明かしたまひつ。
現代語訳

「総じて、男も女も教養のない人は、わずかに知っている方面のことを残りなくひけらかそうと思うからこそ、大変残念なのです。三史五経といった本格的な学問を、明らかに悟り明かしているような女も愛嬌がないですよね。
だいたい女だからといって、世にまかり通っている公私ともの常識について、まるっきり知らぬ存ぜずなんてことがありましょうか。少しでも教養がある女なら、耳にも目にもとまることが自然と多いはずです。
そうやって覚えたての漢字を走り書きして、仮名で書くべき女同士の手紙に半分以上も漢字で書き散らかしているのとか、ああ無理無理。この女が穏やかな性格だったらいいけど、そんなわけないよなって思ってしまいます。向こうはそんな気持ち一切ないのでしょうけど、聞くからにぎこちない声で読まれても、無理して気取っているように感じるものです。こういう女、上流階級にも割と多いんですよね。
自称歌詠みがすぐに歌にとらわれて、優れた古歌を初っ端から取り入れながら、まったく気乗りしない時にまで一方的に詠んでくるのとか超しんどいやん。返歌せんかったら情けない奴、返そうともせん人はサイコパス認定ですよ。
どうしても出席せないかん節会とかありますやん。五月五日の端午の節句に、急いで参内の準備をしている朝にですよ、菖蒲のことを考える余裕なんてあるわけないのに、立派な菖蒲の根があったからって歌を詠んできたり、九月九日の観菊の宴では、いきなり難しい詩のお題が出てあれこれ思案しまくって暇もない時に、菊の露にこじつけた歌を寄こしてきたり、そういう場の空気を読まない行いに付き合わされて、いや今じゃなくてもって思いません?
そのうち、ふと後になって思えば面白く風情ある歌に感じられるはずのことでも、その時は歌を詠むべき時ではないから目にもとまらないわけです。そんなことも想像できずに歌を詠み押しつけてくるのは、かえって気がきかない女に見えます。
何事においても、なぜそれをするのか、今じゃないのでは、と思われる空気から、その時その時にふさわしいかどうかの分別もつかない程度の心では、気取ったり風流ぶったりしない方が無難でしょう。総じて、心に知っていることでも知らん顔でやり過ごし、言いたいことがあっても一つや二つは我慢するぐらいがいいのです」
と、言うのを聞くにつけても、源氏の君はただ一人のお方を心のうちに思い続けていました。今の話に不足なく、また、出過ぎることもなく振る舞われておられることよと、他にはいない尊いお方だといっそう胸がいっぱいになる。雨夜の品定めはどちらに決着するということもなく、果てにはあやしげな話になって夜を明かしたのでした。