第2帖「帚木」(14)咲きまじる色はいづれと

出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」

原文・語釈
咲きまじる色はいづれと
咲きまじる色はいづれとわかねどもなほ常夏にしくものぞなき
やまとなでしこをばさしおきて、まづ塵をだになど親の心を取る。
うちはらふ袖も露けき常夏にあらし吹きそふ秋も来にけり
とはかなげに言ひなして、まめまめしくうらみたるさまも見えず、涙を漏らし落としても、いとはづかしくつつましげに紛らはし隠して、つらきをも思ひ知りけりと見えむはわりなく苦しきものと思ひたりしかば、心やすくて、またと絶えおきはべりしほどに、跡もなくこそかき消ちて失せにしか。
まだ世にあらばはかなき世にぞ
まだ世にあらばはかなき世にぞさすらふらん。あはれと思ひしほどに、わづらはしげに思ひまつはすけしき見えしかば、かくもあくがらさざらまし。こよなきと絶えおかず、さるものにしなして、長く見るやうもはべりなまし。かのなでしこのらうたくはべりしかば、いかで尋ねむと思ひたまふるを、いまもえこそ聞きつけはべらね。
これこそのたまへるはかなきためし
これこそのたまへるはかなきためしなめれ。つれなくて、つらしと思ひけるも知らで、あはれ絶えざりしも、益なき片思ひなりけり。いまやうやう忘れゆく際に、かれはた、えしも思ひ離れず、をりをり人やりならぬ胸こがるる夕べもあらむとおぼえはべり。これなんえ保つまじく頼もしげなき方なりける」
さればこのさがなものも
「さればこのさがなものも、思ひ出である方に忘れがたけれど、さしあたりて見んにはわづらはしく、よくせずは飽きたきこともありなんや。琴の音すすめけんかどかどしさもすきたる罪重かるべし」
「この心もとなきも、疑ひ添ふべければ、いづれとつひに思ひ定めずなりぬるこそ」
世中や、ただかくこそ
「世中や、ただかくこそ。取り取りに比べ苦しかるべき。このさまざまのよき限りを取り具し難ずべきくさはひまぜぬ人はいづこにかはあらむ。吉祥天女を思ひかけむとすれば、ほふけづきくすしからむこそまたわびしかりぬべけれ」
とて、みな笑ひぬ。
式部が所にぞけしきあることはあらむ
「式部が所にぞけしきあることはあらむ。すこしづつ語り申せ」
と責めらる。
「下が下のなかにはなでふことか聞こしめし所はべらむ」
と言へど、頭の君、まめやかに、
「おそし」
と責めたまへば、何事を取り申さんと思ひめぐらすに、

現代語訳
咲きまじる色はいづれとわかねどもなほ常夏にしくものぞなき
咲きまじる色はいずれが美しいともわかりかねますが、なお常夏(なでしこの異名、常と床をかけて妻)に及ぶ花はないのです。
幼子を差し置いて、まずは寝床の塵を払う母親の心を打ちました。
うちはらふ袖も露けき常夏にあらし吹きそふ秋も来にけり
塵をうち払う袖も涙の露でしめっぽい常夏に、嵐(中将の妻からの嫌がらせを暗示)が吹き付ける秋も来てしまいました。
と、さりげなく言いつくろって、本気で恨んでいるような表情も見えず、涙を漏らし落としても恥ずかしがって、慎ましく紛らわして隠そうとします。私のことが心底つらいと、その思いを私に悟られることはそれ以上に苦しいと思っているようでした。それで私は気が楽になって、また通うのを後回しにしていたら、その間に女は跡形もなく消え失せてしまいました。
まだ世に生きているのなら、はかなき世に落ちぶれてさまよっているでしょう。愛しいと思っていた頃に、うっとうしいぐらいに思い付きまとう態度が見えたなら、こんな行くえ知らずの身にさせることなんてなかっただろうに。あんなにまで放置せず、それなりの通い妻として長く面倒を見ることだってできた。あの幼子が可愛らしかったので、どうにかして探し出したいと思っているのですが、今や噂を聞きつけることもできません。
これこそ左馬頭殿のおっしゃる、はっきりしない女の例でありましょう? 表面上はつれなくしていながら、内心はつらいと思っていたことも知らないで、愛しい気持ちが絶えなかったのも、何も実を結ばない片思いというものでした。今だんだんと忘れかけている時に、あの女もまた忘れることができず、何かきっかけがある度に自ら胸を焦がす夕べもあるだろうと思うのです。はい、これが妻としての関係は保てない、はっきりしない女の例でした」
「そういうことならこの口うるさかった指噛み女も、思い出はある女なので忘れがたかったんですけど、さしあたって結婚しようものなら煩わしく、下手したらうんざりするほど嫌になる可能性もあったんやろうなあ。他の男とせっせと琴の音を鳴らしたあの女も、才気があるからって男好きなのは重罪だわ」
「この心もとない失踪女も、疑おうと思えば他の男についていったかもしれませんし、結局どういう女がいいかなんて決められませんね」
「世の中そんなもんでしょう。いろんな女がいるわけで、比べようがなくて当たり前です。それぞれの良いところだけを並べたところで、難点が混じってない女はどこにいるんでしょうかね。吉祥天女に思いをかけたとしたら、もはや仏くさくて生身の人間と思えず、それこそもう興ざめでおもしろくないやろ」
と言うので、みんな笑ってしまいました。
「式部の所にもなんか面白い女がおったやろ。ちょっと話せや」
とせきたてます。藤式部丞は、
「下の下の身分である私に、そんな聞く価値のあるような女なんているでしょうか」
と言いますが、頭の君は真顔で、
「いいから早く」
と責めるので、どの女を取り上げて話そうかと思いめぐらせて、
