第2帖「帚木」

第2帖「帚木」(12)男いたくめでて

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国貞『源氏香の図』
出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」
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第2帖「帚木」(11)中将、そのたなばたの裁ち縫ふ方を
第2帖「帚木」(11)中将、そのたなばたの裁ち縫ふ方を

原文・語釈

男いたくめでて、簾のもとに歩み来て

 男いたくめでて、のもとにあゆて、

には紅葉もみぢこそけたるあともなけれ』

 などねたます。きくををりて、

  ことも月もえならぬ宿やどながらつれなき人をきやとめける

『わろかめり』

 などひて、

語釈
  • めづ【愛づ】:ほめる。賞美する。
  • ねたます【妬ます】:悔しがらせる。人の心をじらす。
  • えならず:並たいていでない。なんとも言いようがないほど素晴らしい。
  • つれなし:無情だ。冷淡である。
  • わろし【悪し】:感心しない。

いま一声聞きはやすべき人のある時

『いま一声ひとこゑきはやすべき人のある時、のこいたまひそ』

 など、いたくあざれかかれば、女、こゑいたうつくろひて、

  木枯こがらしにはすめるふえきとどむべきことのぞなき

 となまめきかはすに、にくくなるをもらで、またさうこと盤渉調ばんしきでう調しらべていまめかしくきたる爪音つまおと、かどなきにはあらねど、まばゆきここなんしはべりし。

語釈
  • ひとこゑ【一声】:もう一曲。
  • ききはやす【聞き囃す】:聞いてほめそやす。
  • て【手】:曲。
  • あざる【戯る・狂る】:(とくに男女関係について)好色めいたふるまいをする。
  • なまめく【生めく・艶く】:色っぽく振る舞う。
  • ばんしきでう【盤渉調】:六調子(雅楽の主要な調子)の一つ。

ただ時々うち語らふ宮仕え人などの

 ただ時々うちかたらう宮仕みやづかへ人などの、くまでさればみすきたるは、さてもかぎりはをかしくもありぬべし。時々にても、さる所にてわすれぬよすがとおもうたまへんにはたのもしげなく、さしぐいたりと心おかれて、その夜の事にことつけてこそまかりえにしか。

語釈
  • うちかたらふ【うち語らふ】:語り合う。男女が言い交わす。契る。
  • あくまで【飽くまで】:思う存分。
  • さればむ【戯ればむ】:しゃれている。気の利いたふうをする。
  • すく【好く】:色恋に打ちこむ。好色である。多情である。
  • よすが【寄すが】:頼りとする相手。夫・妻・子など。
  • さしすぐ【差し過ぐ】:出過ぎる。やり過ぎる。
  • こころおく【心置く】:気をつける。注意する。気がねする。

この二つのことを思うたまへ合はするに

 このふたつのことをおもうたまへはするに、わかき時の心にだに、なほさやうにもてでたることはいとあやしくたのもしげなくおぼえはべりき。いまよりのちはましてさのみなんおもうたまへらるべき。御心のままに、をらばちぬべきはぎの露、ひろはばえなんと玉笹たまざさうへのあられなどの、えんにあえかなるすきずきしさのみこそをかしくおぼえさるらめ。

語釈
  • もていづ【持て出づ】:わざと外部に出す。人目につくようにする。
  • たまざさ【玉笹】:笹の美称。
  • あえか:か弱いようすだ。きゃしゃだ。
  • すきずきし【好き好きし】:恋にひたむきである。

いま、さりとも七年あまりがほどに

 いま、さりとも七年ななとせあまりがほどにおぼしりはべなん。なにがしがいやしきいさめにて、すきたわめらむ女に心おかせたまへ。あやまちして、む人のかたくななる名をもてつべきものなり」

 といましむ。中将、れいのうなづく。

語釈
  • すきたわむ【好き撓む】:浮気なたちですぐに相手になびく。
  • かたくな【頑な】:教養がないさま。愚かである。
  • れいの【例の】:例によって。いつものように。
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第2帖「帚木」(13)君すこし片笑みて
第2帖「帚木」(13)君すこし片笑みて

現代語訳

帚木(ハハキギ・コキア)

 男はやたらとほめながら御簾のもとに歩み寄って、

『庭の紅葉にも、人の踏み分けた跡がありませんね』

 など皮肉を言います。菊の花を折って、

ことも月もえならぬ宿やどながらつれなき人をきやとめける

琴の音も月も言葉にならないほど美しい宿なのに、つれない人を引き止められなかったようで。

『感心しませんねぇ』

 などと言って、

『もう一曲喜んで聞こうって人がいる時は、手を残さず弾くものですよ』

 など、いやらしくその気にさせると、女は色っぽく声をつくろって、

木枯こがらしにはすめるふえきとどむべきことのぞなき

木枯らしに吹き合わせるようなあなたの激しい笛の音を、引きとどめられるような琴も言葉もわたしにはありませんわ。

 とイチャつき合って、俺がムカついてるのも知らないで、また箏の琴を盤渉調に

 ただ時々ちょっと話すぐらいの宮仕え人とかで、とことんめかし込んで色恋に熱中しているような女は、そんな感じでも会うだけなら楽しめるでしょう。でも通い所として生涯の伴侶と思うには、時々であっても信頼できそうにないし、さすがに度が過ぎているなと気持ちが冷めて、その夜の出来事を口実にして完全にブロックしました。

 この二つのことを思い合わせて、若かりし時の心でさえ、やはりあんなにも出しゃばった振る舞いはかなり怪しいし信頼できないと理解したものです。これから後の人生はもっと、そうとしか思えないでしょう。あなた方は心にまかせて、折れば落ちそうな萩の露、拾えば消え失せそうな玉笹の上のあられのような、エロくてきゃしゃで恋愛ばっかりな女こそ遊びがいがあるとでも思っているでしょう?

 まあ、少なくとも七年もすれば思い知ることになるでしょう。それがしのようなしょうもない人間の忠告ですが、男好きですぐヤれるような女にはご注意ください。不貞をはたらかれて、愚かな夫だって評判を立てられてしまうはずです」

と、戒めます。中将は例によって、左馬頭先生にうなずいています。

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第2帖「帚木」(13)君すこし片笑みて
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保坂陽平(ヤンピン)
保坂陽平(ヤンピン)
福岡県宗像市在住。2024年9月から『源氏物語』の全訳に挑戦しています。10年がかりのライフワークです。
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