第2帖「帚木」(12)男いたくめでて

出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」

原文・語釈
男いたくめでて、簾のもとに歩み来て
男いたくめでて、簾のもとに歩み来て、
『庭の紅葉こそ踏み分けたる跡もなけれ』
などねたます。菊ををりて、
琴の音も月もえならぬ宿ながらつれなき人を引きやとめける
『わろかめり』
など言ひて、
いま一声聞きはやすべき人のある時
『いま一声聞きはやすべき人のある時、手な残いたまひそ』
など、いたくあざれかかれば、女、声いたうつくろひて、
木枯らしに吹き合はすめる笛の音を引きとどむべきことの葉ぞなき
となまめきかはすに、にくくなるをも知らで、また箏の琴を盤渉調に調べていまめかしく掻ひ弾きたる爪音、かどなきにはあらねど、まばゆき心地なんしはべりし。
ただ時々うち語らふ宮仕え人などの
ただ時々うち語らう宮仕へ人などの、飽くまでさればみすきたるは、さても見る限りはをかしくもありぬべし。時々にても、さる所にて忘れぬよすがと思うたまへんには頼もしげなく、さし過ぐいたりと心おかれて、その夜の事にことつけてこそまかり絶えにしか。
この二つのことを思うたまへ合はするに
この二つのことを思うたまへ合はするに、若き時の心にだに、なほさやうにもて出でたることはいとあやしく頼もしげなくおぼえはべりき。いまよりのちはましてさのみなん思うたまへらるべき。御心のままに、をらば落ちぬべき萩の露、拾はば消えなんと見る玉笹の上のあられなどの、艶にあえかなるすきずきしさのみこそをかしくおぼえさるらめ。
いま、さりとも七年あまりがほどに
いま、さりとも七年あまりがほどにおぼし知りはべなん。なにがしがいやしき諌めにて、すきたわめらむ女に心おかせたまへ。あやまちして、見む人のかたくななる名をも立てつべきものなり」
と戒む。中将、例のうなづく。

現代語訳

男はやたらとほめながら御簾のもとに歩み寄って、
『庭の紅葉にも、人の踏み分けた跡がありませんね』
など皮肉を言います。菊の花を折って、
琴の音も月もえならぬ宿ながらつれなき人を引きやとめける
琴の音も月も言葉にならないほど美しい宿なのに、つれない人を引き止められなかったようで。
『感心しませんねぇ』
などと言って、
『もう一曲喜んで聞こうって人がいる時は、手を残さず弾くものですよ』
など、いやらしくその気にさせると、女は色っぽく声をつくろって、
木枯らしに吹き合はすめる笛の音を引きとどむべきことの葉ぞなき
木枯らしに吹き合わせるようなあなたの激しい笛の音を、引きとどめられるような琴も言葉もわたしにはありませんわ。
とイチャつき合って、俺がムカついてるのも知らないで、また箏の琴を盤渉調に
ただ時々ちょっと話すぐらいの宮仕え人とかで、とことんめかし込んで色恋に熱中しているような女は、そんな感じでも会うだけなら楽しめるでしょう。でも通い所として生涯の伴侶と思うには、時々であっても信頼できそうにないし、さすがに度が過ぎているなと気持ちが冷めて、その夜の出来事を口実にして完全にブロックしました。
この二つのことを思い合わせて、若かりし時の心でさえ、やはりあんなにも出しゃばった振る舞いはかなり怪しいし信頼できないと理解したものです。これから後の人生はもっと、そうとしか思えないでしょう。あなた方は心にまかせて、折れば落ちそうな萩の露、拾えば消え失せそうな玉笹の上のあられのような、エロくてきゃしゃで恋愛ばっかりな女こそ遊びがいがあるとでも思っているでしょう?
まあ、少なくとも七年もすれば思い知ることになるでしょう。それがしのようなしょうもない人間の忠告ですが、男好きですぐヤれるような女にはご注意ください。不貞をはたらかれて、愚かな夫だって評判を立てられてしまうはずです」
と、戒めます。中将は例によって、左馬頭先生にうなずいています。
