第2帖「帚木」（11）中将、そのたなばたの裁ち縫ふ方を

原文・語釈

中将、そのたなばたの裁ち縫ふ方をのどめて

　中将ちゆうじやう、

「そのたなばたの裁たち縫ぬふ方かたをのどめて、長ながき契ちぎりにぞあえまし。げにその竜たつ田た姫ひめの錦にしきにはまたしくものあらじ。はかなき花紅くれなゐ葉はなもみじと言いふも、をりふしの色あひつきなくはかばかしからぬは、露のはえなく消きえぬるわざなり。さあるにより、かたき世とは定さだめかねたるぞや」

　と言いひはやしたまふ。

さて、また同じころ、まかり通かよひし所は

「さて、また同おなじころ、まかり通かよひし所ところは、人も立たちまさり、心ばせまことにゆゑありと見みえぬべく、うち詠よみ、走はしり書かき、掻かかい弾ひく爪音つまおと、手てつき、口くちつき、みなただたどしからず見み聞きみききわたりはべりき。

見みる目もこともなくはべりしかば

見みる目めもこともなくはべりしかば、このさがなものをうちとけたる方かたにて、ときどき隠かくろへ見みはべりしほどは、こよなく心とまりはべりき。

この人うせて後、いかがはせむ

　この人亡うせて後、いかがはせむ、あはれながらも過すぎぬるはかひなくて、しばしばまかり馴なるるには少しまばゆく、艶えんにこのましき事は目めにつかぬ所あるに、うち頼たのむべくは見みえず、かれがれにのみ見みせはべる程ほどに、忍しのしのびて心かはせる人ぞありけらし。

神無月のころほひ、月おもしろかりし夜

神無月かむなづきのころほひ、月おもしろかりし夜、内裏うちよりまかではべるに、ある上人うへびと来きあひて、この車にあひ乗のりてはべれば、大だい納な言ごんの家にまかりとまらむとするに、この人言いふやう、

『こよひ人待まつらむ宿やどなんあやしく心苦しき』

　とて、この女の家はた避よきぬ道みちなりければ、荒あれたるくづれより池の水影かげ見みみえて、月だに宿やどる住すみかを過すぎむもさすがにて、下おりはべりぬかし。

もとよりさる心をかはせるにや

　もとよりさる心をかはせるにやありけん、この男をとこいたくすずろきて、門近かどちかき廊らうの簀すの子こだつものに尻しりかけてとばかり月を見みる。菊きくいとおもしろく移うつろひわたり、風にきほへる紅くれなゐ葉もみぢの乱みだれなど、あはれとげに見みえたり。

律の調ととのべは、女のものやはらかに掻かき鳴らして

懐ふところなりける笛ふえ取ととり出いでて吹ふふき鳴ならし、『影かげもよし』などつづしりうたふほどに、よく鳴なる和わ琴ことごむを調ととのしらべととのへたりける、うるはしく掻かかき合あはせたりしほど、けしうはあらずかし。律りちの調ととのしらべは、女のものやはらかに掻かかき鳴ならして、簾すの内うちより聞きこえたるも、いまめきたるものの声こゑなれば、きよく澄すめる月にをりつきなからず。

現代語訳

　中将は、

「その裁縫の腕前とかいうのはいいとして、彦星と織姫みたいな長い夫をとこ婦の縁にあやかれたら良かったのにな。確かにその竜田姫の錦には、まったくかなう女なんておらんかったんやろう。はかない花紅くれなゐ葉ってやつも、季節によって色合いがバラバラではっきりせんし、まったくパッとせんまま消えていくもんやん。そんなんやから、理想の女を見みつけることすら難しいこの世の中で、一人の妻を定めるとかできんで当たり前や」

　と言いいはやしています。

「さて、また同じ頃に通かよっておりました女の所は、家柄もあの女より上で、感性も本当に教養が深いと見みえました。歌を詠ませても、文を書かせても、琴ことを爪弾く音色、その手つき、口つき、何でも器用にこなすので、見みるにも聴くにも飽きませんでした。見みた目も別に悪くなかったんで、あのメンヘラ女は都合のいい通かよい所ってことにして、時々この女とも内緒で会っていたんですけど、その時はこよなく気に入っていました。

　あの女が死んだ後、まあどうしようもないっすよね、かわいそうとは思いながらも、時が過すぎればなんてこともなくて、しばしばその女の所へ通かようようになりました。でも通かよい慣れてくると、女が少し派手過すぎて、色気出いして男をとこ好きそうなところが目についてしまいます。ちょっと信用できそうにないわと思って、たまに通かようだけにしていたら、その間に忍しのんで心を通かよわせる男をとこができたっぽかったんです。

　神無月（旧暦十月）の頃、月が見み事な夜でした。内裏うちより退勤しようとすると、一人の殿上人が来合わせまして、自分の車に相乗りしてきました。今夜は大だい納な言ごんの家に泊まろうかと思ったら、この人がこんなことを言いってきたんです。

『今夜はなんか、人を待ってるだろう宿が、えらく気になりますね』

　自分の女の家もまた同じルート沿いだったので、崩れた塀の上から池の水面に月影が見みえて、月さえも宿る住みかを素通かよりするのもさすがに情趣ないなってことで、自分も下りてその人の後を追うことにしました。

前からそうやって、心を通かよわせていたんでしょう。この男をとこはえらく浮き浮きしながら、門の近くにある縁側みたいなところに座って、しばらく月を見みています。菊の色が美しく移ろいわたり、風に散り乱みだれる紅くれなゐ葉なども実に趣深く見みえました。

　男をとこは懐から笛を取とり出いして吹ふき鳴らし、『影もよし』などをワンフレーズごとに歌います。その合間に女は良い音が鳴る和琴ことを、チューニングを合わせて用意していたのをきちんと笛に合わせて弾いていて、それもまあ悪くはなかったですね。この律の曲調ととのは、女がもの柔らかに弾き鳴らして、御簾みすの奥から聞きこえてくる感じがまた良くて、今どきの華やかな音色ですから、清く澄んだ月を見みるまさにその夜にしっくり合います。

弾いて今風にかき鳴らす爪音が、下手ではなかったですけど目まいがする心地ここちでしたよ。