第2帖「帚木」

第2帖「帚木」(7)あしくもよくもあひ添ひて

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国貞『源氏香の図』
出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」
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第2帖「帚木」(6)いまはただ、品にもよらじ
第2帖「帚木」(6)いまはただ、品にもよらじ

原文・語釈

あしくもよくもあひ添ひて

 あしくもよくもあひひて、とあらむをりも、かからんきざみをも見過みすぐしたらん仲こそ、契りふかくあはれならめ、われも人もうしろめたく心おかれじやは。また、なのめにうつろふかたあらむ人をうらみてけしきばみそむかんはた、をこがましかりなん。心はうつろふかたありとも、そめし心ざしいとほしくおもはば、さるかたのよすがにおもひてもありぬべきに、さやうならむたぢろきにえぬべきわざなり。

語釈
  • きざみ【刻み】:機会。時。
  • こころおく【心置く】:気兼ねする。遠慮する。
  • けしきばむ【気色ばむ】:思いが顔色やそぶりに現れる。
  • をこがまし【痴がまし】:ばからしい。みっともない。
  • たぢろぎ:動揺。ぐずぐずすること。ためらうこと。

すべて、よろづの事なだらかに

 すべて、よろづの事なだらかに、ゑんずべきことをば見知みしれるさまにほのめかし、うらむべからむふしをもにくからずかすめなさば、それにつけてあはれもまさりぬべし。おほくはわが心もる人からをさまりもすべし。あまりむげにうちゆるへはなちたるも、心やすくらうたきやうなれど、おのづからかろきかたにぞおぼえはべるかし。つながぬ舟のきたるためしもげにあやなし。さははべらぬか」

へば中将うなづく。

語釈
  • にくからず【憎からず】:感じが良い。不快でない。
  • かすむ【掠む】:あざむく。ごまかす。ほのめかす。
  • あやなし:道理がたたない。筋が通らない。つまらない。

さしあたりて

「さしあたりて、をかしともあはれとも心にらむ人の、たのもしげなきうたがひあらむこそだいなるべけれ。わが心あやまちなくて見過みすぐさば、さしなほしてもなどかざらむとおぼえたれど、それさしもあらじ。ともかくも、たがふべきふしあらむを、のどやかにしのばむよりほかにますことあるまじけり」

 とひて、わがいもうとの姫君はこのさだめにかなひたまへりとおもへば、君のうちねぶりてことまぜたまはぬを、さうざうしく心やましとおもふ。むまかみ、ものさだめの博士はかせになりてひひらきゐたり。中将はこのことわりてむと、心れてあへしらひゐたまへり。

語釈
  • さしあたりて【差し当たりて】:今のところ。当面。目下。現に。
  • さしなほす【差し直す】:直す。しっかりと改める。
  • などか:どうして⋯か。
  • みす【見す】:結婚させる。
  • うちねぶる【打ち眠る】:眠る。
  • さうざうし:もの足りない。
  • こころやまし【心疾し・心疚し】:不満である。不愉快だ。おもしろくない。
  • ひひらく:べらべらとしゃべりまくる。弁じたてる。
  • あへしらふ:適当に取り扱う。ほどよくとりなす。あしらう。

よろづのことに

「よろづのことによそへておぼせ。みちたくみの、よろづのものを心にまかせてつくだすも、りむのもてあそびものの、そのものとあとさだまらぬは、そばつきさればみたるも、げにかうもしつべかりけりと、時につけつつさまをへて、いまめかしきにうつりてをかしきもあり。大事として、まことにうるはしき人の調てうの、かざりとするさだまれるやうあるものをなんなくしづることなん、なほまことのものの上手じやうずはさまことにかれはべる。

語釈
  • よそふ【寄そふ・比ふ】:なぞらえる。たとえる。思い比べる。
  • あと【跡】:様式。手本。
  • そばつき【側付き】:そばから見たようす。外見。見た目。
  • さればむ【戯ればむ】:しゃれた感じに見える。風流めく。
  • いまめかし【今めかし】:現代風だ。華やかだ。新鮮だ。
  • うるはし【麗し・美し・愛し】:格式ばっている。本物である。
  • てうど【調度】:日常的に用いる身のまわりの道具。
  • もののじゃうず【物の上手】:その道の名人。達人。芸能の名手。
  • さまこと【様異】:ようすが普通と違っているさま。格別だ。
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第2帖「帚木」(8)また、絵所に上手多かれど
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現代語訳

帚木(ハハキギ・コキア)

(左馬頭のセリフが続きます)

 悪い時も良い時も一緒に連れ添って、どんな出来事も大めに見過ごせるような夫婦仲こそ、誓い深く愛情も深いってもんでしょう。それが家出騒ぎなんて起こされたら、自分も相手もうしろめたくて安心できないじゃないですか。あと、人並みに浮気心がある男に嫉妬して、あからさまに背を向けるような女、ありゃどんだけおこがましいん。心が浮つくことはあっても、結婚当初の誓いを大切に思っていれば、やっぱり妻が一番だと戻ってくるはずなのに、そんなくだらない騒ぎにじたばたしていては、縁が切れるのも当たり前のことですよ。

 まとめると、何事も穏やかに、浮気に気づいても問い詰めず、知ってますよ感を出してほのめかし、復讐したくなるような時も、作り笑顔でやり過ごしていれば、そのけなげな姿に愛情も増したでしょう。夫の浮気の多くは、妻の出方次第で収まるはずです。あまりむげに緩めて放任しているのも、気楽でかわいげがありますけど、それはそれで浮気が軽くたやすいことにも感じられましょうよ。岸につながれてない舟が浮いて漂うような浮気は、実につまらない。そうは思いませんか?」

と言うと、中将はうなずきます。

「さしあたり、性格も良くてかわいいなと好みにぴったりの人が、実はだらしないのではないかと疑わしい時こそ大ごとでしょう。自分の気持ちに間違いはないと大目に見るなら、心を入れ替えさせてなんとか再構築できないかと思ってしまうけど、それもそう簡単にはいきませんよね。とにもかくにも、徳に背くようなフシがあっても、大きな器で見過ごすよりほかに良い策はなさそうですよ」

 と言いながら、妹の姫君がまさにこのパターンやないかと思えば、源氏の君は寝たふりをして言葉を挟んでこないので、中将は何か言うことあるやろとイラッとします。左馬頭は品定めの博士になりきって、べらべらと弁じたてていました。中将はその論説を最後まで聞こうと、熱心に構えているのでした。

「いろんなことに例えて考えてみましょう。木の道を極めた匠は、あらゆるものを思いのままに作り出しますよね。臨時で作る遊び道具とか、何の道具か型も決まっていないものをパット見でしゃれた感じに作れば、なるほどこういう風にできるのかと、時に合わせて様式を変えて、今風に目に映る素晴らしさもあります。大きな仕事として、まことに格式高い人の調度品の、装飾品としての出来栄えも求められるようなものを難なく作り出すことなんかは、やはり本物の匠は別格だと、目に見えてわかるものです。

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保坂陽平(ヤンピン)
保坂陽平(ヤンピン)
福岡県宗像市在住。2024年9月から『源氏物語』の全訳に挑戦しています。10年がかりのライフワークです。
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