第2帖「帚木」

第2帖「帚木」(3)うちほほゑみて

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国貞『源氏香の図』
出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」
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第2帖「帚木」(2)つれづれと降り暮らして
第2帖「帚木」(2)つれづれと降り暮らして

原文・語釈

うちほほゑみて

 うちほほゑみて、

「そのかたかどもなき人はあらむや」

 とのたまへば、

「いとさばかりならむあたりにはたれかはすかされりはべらむ。かたなくくちしききはと、いうなりとおぼゆばかりすぐれたるとは、かずひとしくこそはべらめ。

語釈
  • かたかど【片才】:わずかな才芸。少しのとりえ。
  • さばかり【然許り】:それほど。
  • すかす【賺す】:うそを言ってだます。あざむく。おだてる。 
  • とるかたなし【取る方無し】:なんのとりえもない。
  • くちをし【口惜し】:(期待がはずれて)ひどくがっかりした。残念だ。
  • きは【際】:身のほど。身分。

人の品高く生まれぬれば

人の品高しなたかく生まれぬれば、人にもてかしづかれて、かくるることおほく、ねんにそのけはひこよなかるべし。なかしなになん、人の心々こころごころ、おのがじしのてたるおもむきもえて、かるべきことかたがたおほかるべき。しものきざみといふきはになれば、ことにみみたずかし」

とて、いとくまなげなるけしきなるもゆかしくて、

語釈
  • しな【品】:身分。
  • かしづく【傅く】:大事に養い育てる。愛育する。
  • じねん【自然】:おのづからそうなること。
  • こよなし:(すぐれている点で)はなはだしい。格別である。
  • こころごころ【心心】:人それぞれの考え・気持ち。思い思い。
  • おもむき【趣】:意向。趣旨。心のありよう。
  • わかる【分かる】:区別される。
  • かたがた【方方】:あれこれ。
  • きざみ【刻み】:階級。身分。
  • ことに【殊に・異に】:特別に。とりわけ。
  • みみたつ【耳立つ】:気になる。
  • くまなし【隈無し】:なんでも知っている。
  • ゆかし:興味や関心がひかれる。

その品々やいかに

「その品々しなじなやいかに。いづれをつのしなにおきてかくべき。もとの品高しなたかく生まれながら身はしずみ、くらゐみじかくて人げなき。また直人なほびと上達部かむだちめなどまでのぼり、われがほにていへうちかざり、人におとらじとおもへる。そのけぢめをばいかがくべき」

ひたまふほどに、左馬頭ひだりのむまのかみ藤式部丞とうしきぶのじよう、「御物忌ものいみこもらむ」とてまゐれり。世のすきものにてものよくひとほれるを、中将りて、この品々しなじなをわきまへさだめあらそふ。いときにくきことおほかり。

語釈
  • みじかし【短し】:身分・地位が低い。
  • ひとげなし【人気無し】:人並みでない。一人前の扱いを受けない。
  • なほびと【直人】:普通の家柄の人。
  • かむだちめ【上達部】:三位以上の貴族。
  • われはがほ【我は顔】:得意げなようす。うぬぼれ顔。
  • けぢめ:区別。違い。
  • ひだりにむまのかみ【左馬頭】:左馬寮の長官。
  • とうしきぶのじょう【藤式部丞】:藤原氏で、式部省の丞(第三等官)。
  • ものいみ【物忌】:陰陽道で、凶事を避けるために謹慎すること。天気が不安定な梅雨時期の風習。
  • すきもの【好き者】:好色家。
  • いひとほる【言い通る】:弁舌が立つ。
  • まちとる【待ち取る】:待っていて引き入れる。待ち迎える。
  • わきまふ【弁ふ】:判別する。
  • さだむ【定む】:議論する。
  • ききにくし【聞きにくし】:聞いて不快に感じる。聞き苦しい。

成り上れども、もとよりさるべき筋ならぬは

のぼれども、もとよりさるべきすぢならぬは、ひとおもへることも、さはへどなほことなり。また、もとはやんごとなきすぢなれど、世にるたづきすくなく、ときうつろひておぼえおとろへぬれば、心は心としてことらず、わろびたることどもでくるわざなめれば、りにことわりてなかしなにぞおくべき。受領ずりやうひて、人の国のことにかかづらひいとなみて、品定しなさだまりたるなかにもまたきざみきざみありて、なかしなのけしうはあらぬ、でつべきころほひなり。

語釈
  • さはいへど【然は言へど】:そうはいっても。なんといっても。
  • やんごとなし:家柄や身分が高貴だ。並々でない。格別だ。
  • よにふるたづき【世に経る方便】:世を渡るつて。
  • おぼえ【覚え】:世間の評判。人望。信望。
  • わろぶ【悪ぶ】:悪く見える。みっともない。
  • とりどり【取り取り】:それぞれに違っているようす。
  • ことわる【判る】:道理に照らして事の是非や善意などを判断する。
  • ずりゃう【受領】:地方長官。国の守。当時は地方で力をつける新興の中小貴族が増えてきていた。
  • かかづらふ【拘ふ】:関係する。かかわりあう。任務にかかりきりになる。
  • けしうはあらず【怪しうはあらず・異しうはあらず】:そんなに悪くない。たいして劣っていない。
  • ころほひ【頃ほひ】:時節。時分。

なまなまの上達部よりも

なまなまのかんだちよりも、さん四位しゐどもの、世のおぼえくちしからず、もとのざしいやしからぬ、やすらかに身をもてなしふるまひたる、いとかわらかなりや。家のうちに足らぬことなど、はたなかめるままにはぶかず、まばゆきまでもてかしづけるむすめなどの、おとしめがたくづるもあまたあるべし。宮仕みやづかへにちて、おもひかけぬさいはひづるためしども、おほかりかし」

などへば、

「すべて、にぎははしきによるべきななり」

とてわらひたまふを、

異人ことびとはむやうに、心得こころえおほせらる」

中将しゆうじやうにくむ。

語釈
  • なまなま【生生】:不本意なようす。しぶしぶ。中途半端な。なまはんかな。
  • ひさんぎ【非参議】:三位以上で、まだ参議になっていない人。四位であるが、年功や経歴により参議になる資格がある人。
  • くちをしからず【口惜しからず】:つまらなくない。
  • ねざし【根差し】:素性。生まれ。
  • かわらか:さっぱりしたようす。さわやかである。
  • はた【将】:はたまた。
  • はぶく【省く】:倹約する。
  • さいはひ【幸ひ】:幸運。
  • にぎははし【賑ははし】:豊かに栄えている。裕福である。
  • ななり:⋯であるようだ。⋯らしい。
  • ことびと【異人】:別人。
  • にくむ【憎む】:ふてくされる。
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第2帖「帚木」(4)もとの品、時世のおぼえ
第2帖「帚木」(4)もとの品、時世のおぼえ

現代語訳

帚木(ハハキギ・コキア)

 源氏の君はにやりとして、

「そんな少しの取りえもない人なんているでしょうか」

 とおっしゃると、

「さすがにそこまでヤバい界隈には、誰がだまされて寄りつきましょうか。なんの取りえもない残念な女と、これ以上ないと思われるほどいい女とは、数は同じだけいるかもしれません。身分高く生まれたなら、みんなから大切に扱われて、表に出ない隠し事が多く、なんとなく雰囲気が上品に見えるでしょう。中流の女こそ、それぞれの性格とか、一人ひとりが大切にしている哲学も見えて、見分けるべきポイントがあらゆるところで多いはずです。下の階級という分際になると、もはや気にもなりませんね」 

 と言って、いかにも女のすべてを知ったようなかぶりも面白いので、

「その階級ってどんなふうに? 女をどういう基準で三つの階級に分ければいいんですかね。高貴な家に生まれながらも、身は落ちぶれて位は低く、人並みにも扱われない家の娘。普通の人が上達部などまで成り上がり、ドヤ顔で家の中を飾り立てて、人に劣るまいと思っている家の娘。その区別をどう分けるのがいいと思いますか?」

 と問いかけているところに、左馬頭と藤式部丞が参られました。これまた世の色好き者とうわさされる弁が立つ男たちなので、中将は待ってましたと言わんばかりに迎え入れて、女たちの品位を定める議論を交わし始めました。女としてはとても聞いてられないような、ひどい話も多くあったようです。

「成り上がりで出世したとしても、もともとその官位にふさわしくない家筋の者は、世間の人々が思うイメージも本来のふさわしい家筋とはやはり異なるものです。また、もとは高貴な家筋であっても、世を渡るコネが少なく、時勢に流されるまま名声が落ちぶれてしまえば、気持ちだけは高くても中身が追いつかず、ぶざまな振る舞いも次々と出てくるありさまでしょうから、それぞれを総合的に判断して中の品に置くべきです。

 地方の役人であっても、地元の政治になにかと首を突っ込んでは蓄財して、中と品が定まっている者の中にもまた、いくつも階級があります。だから今は、中の品にもなかなか悪くない女を選び出すことができるご時勢なのですよ。

 なまはんかな上達部よりも、参議に近い四位あたりの、世の評判もつまらなくなければ、もとの生まれも悪くない、穏やかに身をかまえて振る舞っている人の方が、よっぽどさっぱりしてますやん。家の中に足りないことなど、はたまた足りないように見えるものも思うがままにケチることなく、まぶしいほどに飾り立てられて大切に育てられる女などが、見下しようがないほどいい女に成長することもかなりの数あるでしょう。宮仕えに出て、思いがけない幸運をつかみ取る例も、そりゃたくさんありますよ」

 などど左馬頭が言うと、

「結局はすべて、その家の財力によるって話のようですね」

 と言って源氏の君が笑うのを、

「あなたらしくもない、つまらないおっしゃりようだ」

 と、中将はふてくされます。

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第2帖「帚木」(4)もとの品、時世のおぼえ
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保坂陽平(ヤンピン)
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福岡県宗像市在住。2024年9月から『源氏物語』の全訳に挑戦しています。10年がかりのライフワークです。
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