第2帖「帚木」(3)うちほほゑみて

出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」

原文・語釈
うちほほゑみて
うちほほゑみて、
「そのかたかどもなき人はあらむや」
とのたまへば、
「いとさばかりならむあたりには誰かはすかされ寄りはべらむ。取る方なく口惜しき際と、優なりとおぼゆばかりすぐれたるとは、数ひとしくこそはべらめ。
人の品高く生まれぬれば
人の品高く生まれぬれば、人にもてかしづかれて、隠るること多く、自然にそのけはひこよなかるべし。中の品になん、人の心々、おのがじしの立てたるおもむきも見えて、分かるべきことかたがた多かるべき。下のきざみといふ際になれば、ことに耳立たずかし」
とて、いと隈なげなるけしきなるもゆかしくて、
その品々やいかに
「その品々やいかに。いづれを三つの品におきてか分くべき。もとの品高く生まれながら身は沈み、位みじかくて人げなき。また直人の上達部などまで成り上り、我は顔にて家の内を飾り、人におとらじと思へる。そのけぢめをばいかが分くべき」
と問ひたまふほどに、左馬頭、藤式部丞、「御物忌に籠らむ」とて参れり。世のすきものにてものよく言ひとほれるを、中将待ち取りて、この品々をわきまへ定めあらそふ。いと聞きにくきこと多かり。
成り上れども、もとよりさるべき筋ならぬは
「成り上れども、もとよりさるべき筋ならぬは、世人の思へることも、さは言へどなほことなり。また、もとはやんごとなき筋なれど、世に経るたづき少なく、時世に移ろひておぼえ衰へぬれば、心は心としてこと足らず、悪びたることども出でくるわざなめれば、取り取りにことわりて中の品にぞおくべき。受領と言ひて、人の国のことにかかづらひいとなみて、品定まりたる中にもまたきざみきざみありて、中の品のけしうはあらぬ、選り出でつべきころほひなり。
なまなまの上達部よりも
なまなまの上達部よりも、非参議の四位どもの、世のおぼえ口惜しからず、もとの根ざしいやしからぬ、やすらかに身をもてなしふるまひたる、いとかわらかなりや。家のうちに足らぬことなど、はたなかめるままにはぶかず、まばゆきまでもてかしづける女などの、おとしめがたく生ひ出づるもあまたあるべし。宮仕へに出で立ちて、思ひかけぬさいはひ取り出づる例ども、多かりかし」
など言へば、
「すべて、にぎははしきによるべきななり」
とて笑ひたまふを、
「異人の言はむやうに、心得ず仰せらる」
と中将にくむ。

現代語訳

源氏の君はにやりとして、
「そんな少しの取りえもない人なんているでしょうか」
とおっしゃると、
「さすがにそこまでヤバい界隈には、誰がだまされて寄りつきましょうか。なんの取りえもない残念な女と、これ以上ないと思われるほどいい女とは、数は同じだけいるかもしれません。身分高く生まれたなら、みんなから大切に扱われて、表に出ない隠し事が多く、なんとなく雰囲気が上品に見えるでしょう。中流の女こそ、それぞれの性格とか、一人ひとりが大切にしている哲学も見えて、見分けるべきポイントがあらゆるところで多いはずです。下の階級という分際になると、もはや気にもなりませんね」
と言って、いかにも女のすべてを知ったようなかぶりも面白いので、
「その階級ってどんなふうに? 女をどういう基準で三つの階級に分ければいいんですかね。高貴な家に生まれながらも、身は落ちぶれて位は低く、人並みにも扱われない家の娘。普通の人が上達部などまで成り上がり、ドヤ顔で家の中を飾り立てて、人に劣るまいと思っている家の娘。その区別をどう分けるのがいいと思いますか?」
と問いかけているところに、左馬頭と藤式部丞が参られました。これまた世の色好き者とうわさされる弁が立つ男たちなので、中将は待ってましたと言わんばかりに迎え入れて、女たちの品位を定める議論を交わし始めました。女としてはとても聞いてられないような、ひどい話も多くあったようです。
「成り上がりで出世したとしても、もともとその官位にふさわしくない家筋の者は、世間の人々が思うイメージも本来のふさわしい家筋とはやはり異なるものです。また、もとは高貴な家筋であっても、世を渡るコネが少なく、時勢に流されるまま名声が落ちぶれてしまえば、気持ちだけは高くても中身が追いつかず、ぶざまな振る舞いも次々と出てくるありさまでしょうから、それぞれを総合的に判断して中の品に置くべきです。
地方の役人であっても、地元の政治になにかと首を突っ込んでは蓄財して、中と品が定まっている者の中にもまた、いくつも階級があります。だから今は、中の品にもなかなか悪くない女を選び出すことができるご時勢なのですよ。
なまはんかな上達部よりも、参議に近い四位あたりの、世の評判もつまらなくなければ、もとの生まれも悪くない、穏やかに身をかまえて振る舞っている人の方が、よっぽどさっぱりしてますやん。家の中に足りないことなど、はたまた足りないように見えるものも思うがままにケチることなく、まぶしいほどに飾り立てられて大切に育てられる女などが、見下しようがないほどいい女に成長することもかなりの数あるでしょう。宮仕えに出て、思いがけない幸運をつかみ取る例も、そりゃたくさんありますよ」
などど左馬頭が言うと、
「結局はすべて、その家の財力によるって話のようですね」
と言って源氏の君が笑うのを、
「あなたらしくもない、つまらないおっしゃりようだ」
と、中将はふてくされます。
