第1帖「桐壺」現代語訳と原文(6)しばしは夢かとのみたどられしを

第1帖「桐壺」現代語訳(6)
「『しばらくは夢かとばかり思い迷っていた。少しずつ気持ちが冷静になるものの、現実は夢から覚めるすべがなく耐えがたいものである。どうすれば受け入れられるのかと、私には相談すべき相手さえいない。内密にでも宮中へ参上したまえ。若宮のことが気がかりでならない。露も消えそうな雰囲気の中で過ごしていると思うと、なお心苦しく思う。早く参上したまえ』
など、帝ははっきりと仰せになることもできず、涙でむせ返りながら、それでも人々に心の弱さを見せてはならないと、なんとか包み隠そうとしているご様子でした。私はあまりの心苦しさから、正式に承ったわけでもないままに退出して参ったのです」
と、命婦は帝の御手紙を母君に差し上げます。
「涙で目も見えませんが、このような尊い帝のお言葉を光にして読みましょう」
と、母君はご覧になります。
「時がたてば少しは悲しみが紛れることもあろうかと、ただ待ち過ごす月日に添えて、いっそう耐えがたくなるのは、理性で割り切れるようなことではない。幼き若君はどうしているかと思いやりつつ、成長を共にできないことがもどかしい。今はやはり、若宮を故人の形見になずらえて来たまえ」
など、丹念にお書きになっておられました。
宮城野の露吹きむすぶ風の音に小萩がもとを思ひこそやれ
とありますが、母君は最後まで拝読することができません。
「命の長いことがこんなにもつらいと思い知らされるにつけて、高砂の千年松が思うようにどうしてまだ生きているのかと恥ずかしく思います。宮中に出入りしますことはまして、大変恐れ多いことでございましょう。もったいない帝の仰せ言をたびたび承りながら、わたし自身はとても決心できそうにありません。
若宮はどこまでおわかりなのか、宮中へ参りなさることをただお急ぎのようでございます。それが道理でございますのに、祖母として若宮とのお別れが悲しく見受けられてしまうのです。このような心の内々に思っておりますことなどを、帝にお伝えくださいませ。わたしは娘に先立たれた不吉な身でございますので、こうして若宮がここにおられることも忌々しく恐れ多いのですが⋯⋯」
とおっしゃいます。
若宮はもうお休みになられました。
「若宮のお顔を拝ませていただいて、うるわしい御様子も帝に奏上させていただきたく存じますが、帝も宮中でお待ちになっておられるでしょうから、夜も更けてしまわないうちに⋯⋯」
と、命婦は帰りを急ぎます。
第1帖「桐壺」原文(6)
しばしは夢かとのみたどられしを
「『しばしは夢かとのみたどられしを、やうやう思ひ静まるにしも、さむべき方なく耐へがたきは、いかにすべきわざにかとも問ひ合はすべき人だになきを、忍びては参りたまひなんや。若宮のいとおぼつかなく露けき中に過ぐしたまふも、心苦しう思さるるを、疾く参りたまへ』
などはかばかしうも宣はせやらず
などはかばかしうも宣はせやらず、むせ返らせたまひつつ、かつは人も心弱く見たてまつるらんと、思しつつまぬにしもあらぬ御けしきの心苦しさに、うけたまはり果てぬやうにてなんまかではべりぬる」
とて、御文たてまつる。
「目も見えはべらぬに、かくかしこき仰せ言を光にてなむ」
とて見たまふ。
ほど経ば少しうち紛るることもやと
「ほど経ば少しうち紛るることもやと、待ち過ぐす月日に添へて、いと忍びがたきはわりなきわざになん。いはけなき人をいかにと思ひやりつつ、もろともに育まぬおぼつかなさを、今はなほむかしの形見になずらへてものしたまへ」
などこまやかに書かせたまへり。
宮城野の露吹きむすぶ風の音に小萩がもとを思ひこそやれ
とあれど、え見たまひ果てず。
命長さのいとつらう思うたまへ知らるるに
「命長さのいとつらう思うたまへ知らるるに、松の思はんことだに恥づかしう思うたまへはべれば、ももしきに行きかひはべらんことはまして、いと憚り多くなむ。かしこき仰せ言をたびたびうけたまわりながら、みづからはえなむ思ひたまへ立つまじき。
若宮はいかに思ほし知るにか
若宮はいかに思ほし知るにか、参りたまはんことをのみなん思し急ぐめれば、ことわりに悲しう見たてまつりはべるなど、うちうちに思うたまへるさまを奏したまへ。ゆゆしき身にはべれば、かくておはしますも忌ま忌ましうかたじけなくなむ」
と宣ふ。
宮は大殿籠りにけり。
「見たてまつりて、くはしう御ありさまも奏しはべらまほしきを、待ちおはしますらんに、夜ふけはべりぬべし」
とて急ぐ。